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zoom RSS スターリン時代の大粛清、の犠牲者のことを考える

<<   作成日時 : 2005/11/24 00:13   >>

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(23日午後7時台に書いたものです。サーバーの調子が悪かったものでこの時間の投稿となりました)論文を見直し、それを打ち込む。そろそろ、いいかな、投稿しても。英文アブストを作らないといけないが。

 この論文で扱っているのは1937年ー39年のソ連なのだが、ご存知の通りこの時期は大粛清の嵐が吹き荒れていた。100万人以上が根拠なく銃殺され、その数倍、数十倍の人間が人生をめちゃくちゃにされた
 私は時々、スターリン時代の粛清の犠牲者のことを考える。犠牲者たちの墓碑は誰が立ててくれるのだろうか。彼らの無念の声は現在、誰が代弁するのだろうか。異常事態におかれた人間たちの行動を、誰が書きとめているだろうか。
 まだまだこの重いテーマに関しては明らかになっていないことが多い。アウシュヴィツを生き延びたものたちよりも、スターリンの粛清の犠牲者は長い間の沈黙を強いられた。ヒトラーが死んだのちもスターリンは8年間生きた。フルシチョフの脱スターリン化と囚人の名誉回復は中途半端なものに終わり、何よりもいったん染み付いた恐怖の感情が彼らの発言を妨げてきた。ソ連崩壊以後、史料の解明は進んだが、われわれ歴史家には手に負えないような人間的な仕事もまだ残されている。
 どんな場所で彼らが生きなければいけなかったか、いかなる感情を体験したのか、それを描くのは現代の作家、音楽家、映画監督たちの仕事だと思う。無論、告発文学や寓意をこめた芸術的表現は早くからソ連にあった。しかしそれはあらゆる表現形式を取ることができたわけではない。
 いま、誰か、犠牲者たちの声を伝えてくれないだろうか。これはアウシュヴィツの悲劇を描くよりもある意味難しい仕事だが、芸術家たちにお願いしたいところである。

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