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zoom RSS 「中進国」の悲惨

<<   作成日時 : 2005/11/30 21:26   >>

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 人間の歴史あるところ、国家の栄枯盛衰がある。覇権争いがある。俺が一番だということを示すために諸国家は軍事力、経済力、文化水準を持ち出して互いに争う。中でも20世紀には帝国主義の張り合いが飽和点に達したことでこの争いが極端な形を取り、莫大な人命が犠牲にされてしまった。

 植民地時代以降、世界の国々を先進国/後進国で塗りわけする習慣が人々の頭に根付いている。もちろん自国が他国に比べて進んでいるかそうでないかの意識といった比較的視点は昔からあったが、それは世界のおのおのの地域で完結していた意識であったのに対し、世界中をそうした色で塗り分けることが定着したのはやはり西欧諸国が海を越えて地球上いたるところへ進出して以降のことだろう。
 しかし20世紀の覇権争いを見てみると、これのほかに「中進国」というカテゴリーも必要でないかと思えてくる。これは後発資本主義国、とか後発帝国主義国、というように言い換えてもいいのだが、覇権争いをやや遅れてスタートさせたためにかなり割を食うことになってしまった国家群、という意味で、明確にひとつのカテゴリーとして使ってみたい。以下、本当に雑駁な議論なので、あまり本気にしないでほしいが、このようなカテゴリーを加えて20世紀の歴史を見てみることもたまには面白いかな、という思考実験として・・以下の話は基本的に20世紀半ば、1930年ごろから1970年ごろを念頭において記述されていると思ってください。
 三つのカテゴリーを定義してみよう。まず先進国とは、当然ながらグローバルスタンダードを自らが体現していると自負するか、そうした畏敬の念を諸国家に呼び起こさせるだけの文化的基盤と、実質的な経済的基盤、軍事力等を持ち合わせている国々である。西欧諸国、そしてアメリカ合衆国が挙げられる。彼らは基本的に自らがトップランナーであるという自信に裏打ちされ、その発展はたいてい内発的であり、無理が少ない。
 後進国とは、こうした先進国、あるいはのちに述べる中進国にいいようにされ、なかなか文化的にも経済的にも自立できない、場合によっては自立が構造的にほとんど絶望的になっているかわいそうな国々である。アフリカや東南アジアの旧植民地諸国はいうに及ばず、ポーランドやブルガリアやモンゴル、中南米諸国、そして申し訳ないが朝鮮半島も含まれるだろう。彼らは自らの産み出したものを普遍的に広げていくことなど考えることもできないほど弱く、貧しい。
 そして中進国だが、彼らはそれなりに世界を瞠目させる、スタンダードな文化を多数産み出してきたと自負できる。地域大国であり、西欧に植民地化されているわけでもなく、軍事力、経済力もそこそこ強力である。しかし、どうしても西欧の後塵を拝しているというコンプレックスから抜けきれない、そんな国々である。このカテゴリーに入る国々は数は少ないが、20世紀の歴史を左右するところ大きかった。すなわち、ロシア(ソ連)、ドイツ、日本である。第一次大戦まではトルコも含まれていたかもしれない。
 もちろん、20世紀半ばに限っても地球上すべてがこの三者で尽くされるわけではない。中国、アラビア語圏、ペルシャ、インドなどはどこに入れてよいのか迷うところであり、別種のカテゴリーに属するともいえるかもしれない。
 このうち、最も数奇な運命をたどったのが中進国であり、20世紀半ばの世界は彼らに振り回されたといってよい。一番悲惨な目にあったのも彼ら自身だった、と言えるかどうかはわからないが、身から出た錆、というか、自滅的な道のりを彼らは歩んだ。なぜそうなったか。
 中進諸国にはプライドがある。われわれは決して西欧についてゆくだけではない、独自の道があるはずだ、それを探し当てれれば西欧だってこれから逆にわれわれについてくるようになるかも知れん、と考えてそれを模索したがる。そうしたイデオロギーを組み立てる。ナチズムの人種イデオロギーはちょっと及び腰だが、ロシアが採択した共産主義は西欧の現状に対するあからさまな思想的挑戦であったし、日本でも近代の超克が言われたり、日本が東アジアの盟主として最終戦争に勝つ、などといわれたりした(みんなどれだけ本気だったかはわからないが)。彼らは経済的・文化的に孤立してでもがんばる。社会制度、思想、文化は基本的に西欧から取り入れているのだが、それを異なる風土に定着させるために無理をする。
 その挑戦的身振りゆえに危険視され孤立した中進諸国は自暴自棄の戦いに打って出て、先進国に叩きのめされる。20世紀半ばの世界史はこんなところに要約されてしまうようにも思える。その過程でこれらの国々は周辺諸国に大迷惑をかけた。また考えてみれば第二次世界大戦の主戦場は東ヨーロッパであり、二大中進国同士が激しく互いに消耗しつつ戦っていた(このことをわれわれ日本人は忘れがちだが)わけで、やりきれない気もする。
 とはいえ、ソ連の先進国に対する敗色が濃くなってきた、というか、かの国が賭けた野望に対してソ連自らがあきらめたように見える、1970年代以降はこうした記述は当てはまらないだろう。いうまでもなく、20世紀最後の四半世紀に世界は多極化した。多極化は今でも続いているし、今後も続くのではないか。

 こんなことを書くとまじめな学者の皆さんからはクレームが来るだろう。西欧を一緒くたにするな、とか、ドイツの行動は文化的コンプレックスに裏打ちされているのか、とか、歴史を国民国家の動きだけで見るのは片手落ちだ、とか。すみません、雑駁な与太話ですから、許してください、というしかない。またもちろん、こんな荒っぽい議論を学術論文と銘打って世に提出しようとも思わない。専門分野での仕事は、細心で緻密な論証が命、ともちろん思っている。
 けれども、細かい論文を書くときにも、心のどこかで密かに大きなことを考えていなければ、結局面白いものは書けないのではないか、とも思ったりする。

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