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zoom RSS 論文を投稿した。嫌な気分だ。

<<   作成日時 : 2005/12/14 17:47   >>

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 懸案の論文をプリントアウトし、コピーし、郵送してきた。後味は恐ろしく悪い。この気分の悪さ、あえて言うなら無理やり女の子をフった(あるいはフッタのだと自分で信じようとしている)ときの気分にも似ているが、それよりもさらにひどいかもしれない。
 論文がまかり間違って採択され、印刷に付されると一千名やそこいらの人間の目に少なくとも私の名前と論文タイトルぐらいは触れるわけだ。結構じゃないかと思うだろうが、さらにまかり間違って読む人がいたら…若造が、何を未熟なことを言うか、と思ったり、言ったりする人間がきっと出る。はは、青いな、無価値、と嘲笑する人間が必ず出る。何のつもりだ、馬鹿にするな、と怒る人までいる、かもしれない。ご丁寧に間違いを発見してくれる人も出るかもしれない(あ、これは別にいいか)。そんなことは書き始めたときからまあ、覚悟の上だが、提出する、というのはなんと言うか、清水の舞台から飛び降りるような性格が多分にあるもので、嗚呼、やってしまった、どうしよう、穴があったら入りたい、シャベルもってこい、という感情が次々に押し寄せてくる。
 論文は、書くのも苦痛でないとは言わないが、まあ書き直しが効くうちはまだよい。出版してやるからな、と言って投稿する、というのは「決断」(C.シュミット的な??)であって書くときに要求される機械的な判断等とは質的に異なるものだ。そこに精神的苦痛が生まれる。論文書くのはいいが、出すのはイヤダ。

 人によっては自分の書いた本・論文を堂々と自慢したり、中には「これは素晴らしい。傑作だから読みたまえ」などとぬかす輩がいる。こういう人は学者として云々以前に人間としてどこか重大な欠陥があるようにしか思えないので、私は信用しないが、私のようにあんまり自分の仕事に絶望するのもやや病的かもしれない。

 編集委員よ、査読者よ、後は任せた。出来るだけ細かいところまでねちねち追求しながら読んでいっぱい批判してくれ。どう直せばよいか教えてくれ。私にはもう無理だ。原稿が足りてないからまあこんなものでもいいや、載せるか、と言わずに、落とすんなら落としてくれ。

 これを書いて少し気分が落ち着いた。郵送を終えて学校から家に帰るまでは、本当に絶望的な、死にたいような気分だったが。とはいえ今晩は一人で勝手に「荒れる」かも知れない。
 いや荒れてばかりはいられず、困ったことに明後日のゼミの準備がずいぶん残っているのだが。こちらも、ないものを無理やりしぼり出すような感じだが、まあ文章を書くというのはそもそもそういう性格を含むことであるし(実証学問の徒としてはこういうことをあまり言うとよくないかもしれないが)、失敗に終わる発表をしてやれ、と観念して取り掛かることにする。こちらは互いによく知っている数人の目にさらされるだけだし、当日顔を見ながら応対することも可能だ。論文をがっちり活字にするのに比べれば楽ちんなものである。

 でも、ちょっと、数時間休ませて。疲れた

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