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zoom RSS ルクレティウスを熱く語る物理学者たち

<<   作成日時 : 2006/01/13 21:16   >>

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(今日のエントリーは自分のための研究用覚書に過ぎません)

 うかつな話だがいつも利用している大学図書館にセルゲイ・ヴァヴィーロフの選集の一部があることを発見、今日閲覧した。ルクレティウスに関する46年の論文が目を惹く。コピーして、早速読み始める。(今書いている論文からの逃避?)
 粗野な官僚たち、荒っぽい「哲学的」独断、そんな環境に耐えねばならなかったヴァヴィーロフが取り立てて状況に強要されたとは思えないルクレティウスについての論文の執筆を行っているのは、考えさせられる。革命前にギムナジウム教育を受けた彼は、青年時代からなじみのテキストだったかもしれない古典、ソ連イデオロギーと親和性が高い第一級の古典を取り扱うことで、つかの間の精神的休息を得ていたのではないか、とも思えるからだ。
 
 ルクレティウスはある種の物理学者を夢中にさせる要素を多分に備えているらしい。寺田寅彦も、英訳で読んだようだが、長文の紹介文を書いている。寺田に対してヴァヴィーロフが背負っている悲劇性は比べ物にならないほどだが、うそをつくことによってしか生き延びられなかった胸のつまるような体制下にあって、ルクレティウスについて淡々と語ることは少しばかりの「ほんとう」を語ること、貴重な息継ぎであったのではないか。

 このようなことは、もちろん、論文に書けることではない。しかし、論文を書く上でもこのようなことをどこかで考えておくことは重要だ、と信じる。S.I.ヴァヴィーロフほど、名声に包まれながら悲劇的な生涯を送った人は少ない。そのことは誰かが語り継がねばならないと思う
 もし今私が、何でもいいから科学史についてのエッセイを書けといわれたら、「ルクレティウスに魅せられた物理学者たち:寺田寅彦とヴァヴィーロフ」という題で書くだろう。


 やっぱり俺もそうだなー空間は充満してるのか空虚なのか、というような話が結局大好きなのだよ。ソ連物理学史をやると決めたときに、こうした話を専門的に扱うことはもうあるまい、それも仕方ないだろう、と思ったが、意外な形で接点が出てきた。これほどまでに教養のある物理学者がソ連にいたことに感謝している。

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