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zoom RSS ウクライナのことは他人事ではない

<<   作成日時 : 2006/01/08 23:24   >>

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 ロシア/ウクライナの「ガス戦争」について何か言おうとして、数日前このブログの中でもそう予告したが、ロシアの新聞記事などを読んでも真相は何がなんだかよくわからない。事情通でもない身としては、下手な論評は避け、このできごとから得られた漠然とした感想を述べるにとどめようと思う。

 ウクライナが無血の政変でもって独立してから10年以上たつが、今でもあの国は国際社会の中での地固めと対外的な姿勢の明確化に苦慮しているように見える。端的に言えば東につくか、西につくか、という問題で悩んでいるということである。一昨年暮れにおおもめにもめた大統領選挙も、この問題をめぐっての国民同士の争いとみることができるであろうし、そもそも国内にロシア正教とカトリック(正確にはカトリックではなく、正教の典礼に従うがローマ法王の権威を認める折衷的宗派追記06/01/09)の勢力が共存している国、ということで、対立は常に表面化しやすくなっている。
 西側の希望的観測をする人間の眼には、ウクライナは15年前にロシアのくびきから脱し、西欧型の民主化に向けてわき目も振らず邁進している、というように見えるかもしれない。だが元来がロシアと似通った言語・政治文化を持ち、経済においてもロシアへの依存度が高いウクライナが、そう簡単に「ロシア離れ」を進められるとも思えない。今回の「ガス戦争」の顛末は(ロシアの取った行動に対する評価は保留するとして)、結局のところ好むと好まざるとにかかわらずウクライナはロシア抜きではやっていけない、ということを再確認させられる出来事であったように思う。ウクライナはその歴史・文化などを背景にした民族としての自尊心が高く、ロシアの後塵を拝するようなやり方を嫌う勢力は長い歴史を見ても常に国内に一定の割合で存在したが(ここがベラルーシなどとの違いだろう)、なんだかんだ言って国全体としての力が中途半端なのと、なまじロシアとの同質性が高いがゆえに、彼らのナショナリズムは悲喜劇を生みやすくなっている、のかもしれない。

 私の無責任な感想を言わせてもらえば、西欧が心底から自分たちの仲間としてウクライナを受け入れることが近い将来ありえなさそうである以上、ウクライナは無碍にロシアには逆らわずに関係を修復し、同一文化圏に属する国として共存を図ることに尽力したほうがよくはないだろうか。
 ただこれには若干私の理性的とはいえない反発心も入っているかもしれない。ウクライナに限らず、私は東欧諸国(彼らは、「東欧」ではない、自分たちは「中欧」だ、と言うそうだが、あえてこう呼ばせてもらう)の振る舞いの中に時に、「自分たちは東の野蛮国とは違う、ロシアなどに支配されていたのは自国の歴史の恥辱にしか過ぎない」「だからロシアの影響などは振り払うべきである」という、意識、西欧風の傲慢さを勘ぐってしまう。この傲慢さは、言ってみれば西欧諸国を範として仰ぎ自らを彼らと同一化したいという願望の裏返しとして出てくるもので、彼らが自分の中にある「東」性に気づいているゆえか西欧諸国の示すそれよりも陰湿なものになっているかもしれない。
 東欧諸国では一般に、ロシアと違ってアジア系人種に対する偏見・蔑視がはなはだしいという話を聞いたことがある。あのあたりの国々に行ったことのない私はその当否は判断しかねるが、仮にこれが本当だとすると、「東」に近いカトリックやプロテスタント諸国の、「東」に対する屈折した文化面での傲慢さが別の形で表れた結果ではないか、とも疑える。
 第二次世界大戦中・大戦後の振る舞いを見るに、特にハンガリーとルーマニアに対しては私は反発を抑えることができない。ブルガリアはギリシア正教の国であり上述した「東欧」からは除かれる。ポーランドはあまりにもかわいそうなので許す(あの国の反露感情には、確かに無理からぬものがある)。チェコとスロバキアは、、うーむ、ちょっと判断を保留しておく。

 話がずれてしまった。ウクライナの独立心をどう評価するにせよ、またウクライナが今後どのような道をたどるにせよ、あの国をめぐってのロシアと西欧との間の綱引き合戦は(ロシアと西欧が対米包囲網結成のような形で劇的に接近でもしない限り)ずっと続けられるだろう。ところでこうした種類の国ー大国にはさまれた中小国ーの命運は、長い目で見れば日本にとっても他人事ではない。今のところ日本は東アジアの中で、アメリカの影響力を後ろ盾にした独立国として超然とした振る舞いを続けようとしているが、今後西方の某大国がますます実質的な力を身につけてくるようになるにつれ、東(太平洋を隔てているが)と西との間でいかにバランスを取り、自らを失わずにいられるか、という問題は、緊急のものとして今後間違いなく浮かび上がってくるだろうし、今のうちに何らかの有効な方策を練っておかねば国そのものが危うくなりかねない。
 しかし今の政権は、日本海を隔てた諸国など存在しないかのような無神経で居丈高な対外的振る舞いを続けている。そうすることが国内勢力(および、ひょっとするとアメリカ)の支持を得やすいからなのか知らないが、相手が相手だけに長期的戦略を練って、少なくともむやみに対立をあおるようなことは避けるべきだろう。日本は今後、今までのような文句なしの大国ではなくなる可能性が高いし、西のほうは着々と力をつけているのだから、10年後は靖国問題どころではなくなっているかもしれないのだ。ウクライナのように、東と西の間で挟まれる悩みを(もちろん違った形を取ってであろうが)日本も抱えるようになるかもしれない。ウクライナの事例、もって他山の石とすべきだろう。

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