科学史、音楽、露西亜、そして、、、

アクセスカウンタ

zoom RSS 独裁者の奇妙な習性

<<   作成日時 : 2006/02/16 20:56   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 ショスタコーヴィチの有名な『証言』は私の愛読書の一つだが、その中でしばしば思い出すのは次の一節である

 スターリンは自分の肖像画にたいして、あれこれと難癖をつけていた。注目すべき東洋の寓話がある。どこかの汗(ハン)が、自分の肖像画を描かせるために画家を連れてくるように命令した。これは簡単なことに思われたが、しかし汗がびっこで、片目だったことで面倒なことになった。ひとりの画家があるがままに彼を描くと、ただちに死刑に処された。「まったく、中傷家なんかは必要ない」と汗は言った。
 二人めの画家が連れてこられた。その画家は賢明に振舞おうと決心し、鷲のような両眼、同じ長さの両足といったように、いわゆる完璧なかたちに汗を描きだした。二人めの画家もやはり、ただちに処刑された。「まったく、おべっか使いなんかは必要ない」と汗は言った。
 寓話によると、もっとも賢明と思われるのは三人目の画家だった。その画家は狩猟をする汗を描いたのである。絵のなかで、汗は弓で鹿を射るところだったが、片目は細められ、短いほうの足は石の上に置かれていた。この画家は賞を貰った。
 この寓話が、東洋のどこかではなくて、どこかもっとロシアに近いところで作られたのではないか、とわたしは疑う。なぜなら、この汗が、それこそスターリンをモデルにして書かれているみたいだからである。
(ヴォルコフ(水野忠夫訳)『ショスタコーヴィチの証言』(中公文庫、1986年)、511頁)


 これを思い出すのは、スターリン時代の科学史をやっている私からしても、ここで言及されている寓話には思い当たる節があるからだ。体制に気に入られようと努力した人間が粛清され、反抗的とも思える態度でいた人間が生き延びる。この時代の人間の生死を分けた要素はよくわからず、混沌が渦巻いていただけなのかといった印象すら覚えるが、上で引用されている寓話で言われているような独裁者の奇妙な習性を考慮すると少し見えてくることがある。

 いずれにせよ、スターリン時代ー残酷さと光明が奇妙に同居した時代ーが歴史家にとって扱いにくい、難物であることは変わりない。このことについては改めて、まとめて書くことがあるかもしれない。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
独裁者の奇妙な習性 科学史、音楽、露西亜、そして、、、/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる