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zoom RSS 学者だったら書きなさい

<<   作成日時 : 2006/04/05 03:35   >>

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 今回の記事では思い切り口はばったことを書きます。

 先日職を同じうする人(研究者仲間)と飲みながら話していた。うだうだだべる中で意見の一致をみたことのひとつが、「いくら頭よくて大きなことを色々言うことができる人間でも、何も書かないのであれば研究者としてよくない」ということである。なんとなくエライと言われつつも何も書いていない人よりは、崇めたてられずとも、ちゃんと自分の研究や知見を文章にして世に問おうとしている人のほうがいい。

 近年の業績数至上主義については色々と批判はあろう。Publish or Perish(出版せよ、さもなくば去れ) なんてのはアメリカ風の悪しき標語であってそんなものを遵守する必要はない、という考えもあるだろう。同じ研究を「変奏」させて書き業績点数を稼ぐなんてけしからん、学問の堕落だ、という言い分もあるだろう。瑣末な研究をチョコチョコまとめることに疑問を呈し、もっと大きなことに時間を費やし手間隙をかけつつ完成させねばいかん、という意見もあるだろう。湯川秀樹(注1)やハイデガー(注2)やソシュール(注3)やランダウ(注4)のことを引き合いに出しながら、書くなんてどれほどのもんじゃい、すごい業績というのはぽっと出てくることもある、とうそぶきたくなることもあるかもしれない。
 しかし色々な面でこれらの言い分は間違っている。まず第一に上で引き合いに出されているのは例外的な種類の天才あるいはそれに近い人々であって、華やかな歴史的エピソードとはなるがたいていの人が引き合いに出すべきではないこと。もうひとつは、仮に天才であっても今の世の中でそうした言い分は通用しないーとりわけ、これから職を得て学術界を渡っていこうとする若手研究者にとってーということだ。今後の日本の学術界がますます世知辛いものになっていく、すなわち、業績の絶対的な数がますます着目され、ものを言うようになる、ことには批判も色々あろうが、そうした納得いかないことだらけの学界にしてもとにかく渡っていかなければ次の地位・段階に行けず、自分の意見を通しつつそうした学術界を変えていくことすらもできない。牧歌的な時代はもはや終わりを告げているのだ。

 もう一つ、世知辛くない論点として、次のようなことがある。超人的な言語能力あるいは直感をもつ類の天才は別として、やはり平均的な大多数の人間にとって、ものを書くということは自らの考えていることを整理し他人に伝わるような形に仕立て上げるための最大に効率のよい手段である、というのがそれだ。いくら偉そうなことを考えているようでも、それが書かれ整理された形にならない段階では、それは思考以前の混沌とした状態でしかない。書くことは、思い浮かんだことをそのまま丸写しすることに留まらない(注5)。書くことによって逆に思考は鍛えられ、明快な形を与えられ、精錬されるのだ。学者の武器が基本的に言語(日常言語の場合もそうだが、おそらく数学的言語でも事情は変わらないのではないか)によるものである以上、とにかく筆を下ろしてみなければ学者としての成長洗練も大多数の人には望めない。思考は書かれた文章との弁証法を通じてはじめて批判に耐えうるようなものになる。

 さらに、現代社会において大学その他の研究教育機関に身をおいているものの義務からしても、何も書かないことは怠慢のそしりを免れない。現状では大多数の研究者は、学生時代に奨学金をもらっている。またその後も、大学等の施設に研究員として身をおいているときにせよ常勤職を得たときにせよ、出所をただせば税金であるところの基金等から給料や研究費をもらって糧を得、研究を継続している。むろん、こうした制度には欠陥がつきものだ。私とて奨学金制度などは欠陥だらけと思うし、現代日本では学術支援のされ方からみて学問全般があまりにもないがしろにされ侮辱的な扱いを受けていると感じているものでもある。こうした点に関しては民主主義国家に生きる人間として声を張り上げなければいけないだろう。しかしながらそれとは別に、税金で食わせてもらい育ててもらってきた以上、公共の利益に対して自らが勉強して得た知見や体験をしかるべき手段で還元することは学者の義務でもあろうと思う。(注6)むろん、大学等で教えることともなれば授業を通じて学生に何かしらを伝えているわけではあるから、それで義務は果たしていると言われるかもしれない。しかし、学部生レベルに伝えることなんてのは所詮その程度のものである。専門家として訓練を受け他人には追いつけないような知識体験等を得た以上は、どんなに少数の人にしか見てもらえないようなものであれ、自分の厳密な研究の成果は目に見える形で発表しなければいけないだろう。
 ここで「発表形態は出版された文章でなければならないのか」という議論が出現するかもしれない。現代のようなネット社会では出版物の占める位置は相対的に低下しており、だれかの研究内容は口コミで世界中をすぐにまわってしまう。出版せずとも、極端な話こういったブログですら自分や友人の学問上のアイデアを広範な人々に伝えることは可能である。しかしそれにしても、精錬された言語表現の形を取らなければそれは他人にとって批判可能な形にならない、というのは変わらないのではないだろうか。口頭発表の段階ですら、適当に口に任せてしゃべるのときちんと文章の形にして準備しそれを読み上げるのとではまとまり具合がまるで違うのではないか。そして、次のような事情は依然として残っているし、今後も変わりなかろう。すなわち、大多数の学術的な業績は、「それが出版され永続的に残るのだ」という緊張感のもとで精錬され書き直される中で作られたものであるという事情である。(注7)

 結論としては、表題にあるように「学者なら書きなさい」ということに尽きる。これを言うのは、日本人研究者の多くがあまりにも書くことに対して消極的ではないかと思うからだ。ちなみに「天才」にしてもたとえばアインシュタインは年間平均5本以上は論文を書いているが、まあそうした例は別としても、年間2本程度の論文を書くのは創造的な自然科学の研究者としては当たり前、というのが外国の研究者の言である。むろん彼らだって書く論文すべてが優れたもの・完全に正しいものであると考えているわけではないが、とにかくアイデアを提示し世に問うてみないことには学問の進歩はありえない。この常識に照らして日本人研究者の大半は怠慢と判断せざるを得ない、とも言っている(S・K・ネトル、桜井邦明『独創が生まれない』(地人書館、1989年))。私の属する社会科学系の分野では基準はもう少しゆるく取るべきかもしれないが、耳の痛い話ではある。
 そういえば、怠け者といわれ馬鹿にされがちなロシア人にしても、科学史の研究者に関して言えば、わが国の同分野の研究者に対して生産性という点ではずっと勝っているように思われる。彼らのうちの少なくとも優秀なものたちは、常に新たなテーマを考え、研究計画を練り、次の論文を書こうと努力し、それを実現しているように見える。
 自戒をこめて言うのだが、業績至上主義に対して正々堂々と反駁できるような段階に至っているのならいざ知らず、そうでない以上はとにかくまとめる、とにかく書くという努力をしなければいけないのは当然ではないだろうか。上に挙げたさまざまな理由から、そのことを感じている。(注8)

注1:20代前半に大学講師となってのち、ノーベル賞をもらう対象となった論文を発表するまで5年間、何も書いていなかった。
注2:30代後半に主著『存在と時間』を書くまで、10年間これといったものは書いていなかった。
注3:残っているのは講義録のみで、書かれた著作はない。(追記:実際にはごく若いころ一冊だけ著作を刊行している。訂正4/5)
注4:鬼才として知られる物理学者だが、執筆恐怖症で、彼の手によるとされるものはほとんどが協力者を得て書かれたもの。
注5:しばしば批判されているように、わが国では初等教育以来、この点をはっきり教育することがあまりになおざりにされているのではないか。
注6:ここでいう「公共の利益」は単なる経済的な利益でもなければ、すぐに役に立つ知識、という意味でもない。それは「文化資本」とでも言うべきものを含んでいる。この点については改めて議論しなければいけないかもしれない。
注7:私自身こうしたブログで適当にしゃべることと出版物との間には差別をつけている。ネット上でほいほい言っていることはあくまで「プレプリントの段階にある議論や意見」ととらえ、印刷されるものに対してはブログの投稿の際よりもずっと気をつけて推敲を行っている。
注8:むろん粗製乱造をする「学者」に対する批判は依然として残るだろう。しかしここでの議論では、そのような、学問的手続きとは関係ないところで大量生産を行う人間のことはとりあえず度外視する。手順がちゃんとしておれば、どんな小さな研究でも新しい知見が得られているのであればそれは学術上の価値を持つのだから、とにかく文章にまとめて発表すればよいではないか。そうした方面のことを強調したい。

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