科学史、音楽、露西亜、そして、、、

アクセスカウンタ

zoom RSS ビザンツ帝国史、ダ・ヴィンチ

<<   作成日時 : 2007/04/03 22:31   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 ここのところ自分の専門以外のことについて十分に読んだり考えたりする時間(というより精神的余裕)がない。専門馬鹿になってしまうのではないか、いや、今は馬鹿であっても専門家になるのが先決問題なのか、など、悩みは尽きない。

 高校時代から、あまり自分を専門の枠内に押し込めるのはよくない、視野を広げ、幅広く学ぶことは何よりも重要だ、と考えてきた。そうした考えがあまり行き過ぎるとディレッタンティズムという知的生活にとっての危機が訪れる。私にも大学3年生のころにはそれがあったと思う。
 たぶんその危機は私はすでに脱していて、専門外のことに目を配ることにあまりに慎重になる必要はないだろう、と、最近はそう考えるようにしてはいる。とはいえ、冒頭で述べたように、なかなかそのための余裕が生まれないのが近年の生活だが(そう、今日びの文科系大学院生は業績作りに忙しいのです。世知辛い世の中ですから)。

 最近は、専門外で興味あることが二つほど生まれた。ビザンツ帝国史と、ダ・ヴィンチである。

 ビザンツ帝国については、ロシア史をやる上ではあの国の精神的源流としてのこの「文明の中心地」のことを知ることが必要だから、というのは跡付けに過ぎず、私のへそ曲がり精神から生まれた興味である。現在において、とくに「東欧圏」崩壊以後はなおさら、キリスト教圏内の衝突(ギリシア正教圏vsカトリック・プロテスタント圏)においては、圧倒的に政治的な追い風は後者にある。ボスニア紛争においても、前者(セルビア)がいくら声を上げても国際社会には極めて届きにくく、後者(クロアチア)のみが国際的な情報ネットワークにうまく乗り、善玉のように描かれる、という不公平があったという(このことを私は先年惜しくも没した米原万里の著作から学んだ)。中世期の歴史にしても、ローマカトリック、十字軍、そしてイスラム社会については比較的よく知られているのに、ビザンツ帝国に関しては、(ここ日本の状況に関する限り)どうもインパクトが弱いように思える。
 最近伊藤俊太郎『12世紀ルネッサンス』(講談社学術文庫)を読んだ。感銘を呼ぶ名著だが、ラテン世界・イスラム世界の中世期における交流が綿密に説得力ある形で描かれているだけに、両者に挟まれたビザンツ世界の存在感の薄さが気になる。もちろん、私が知らないだけで科学史においてもビザンツ帝国の役割に目を配った著作はたくさん出ているであろうし、それで補えばいいのかもしれないが。
 ともかく、そういった書物に出会うべく、最近このテーマ(ビザンツ帝国の政治・文化)についての読書を始めた。ギリシャ語ができない私にとって、この勉強は将来を見越してのものではなく、単なる趣味であるが。

 もうひとつの楽しみ、ダ・ヴィンチについては、無論科学史家としての興味もあるが、純粋に天才の生涯に惹かれるものがあるからである。レオナルドがいかなる意味での「天才」であったのか、そもそも従来言われていたような意味での「天才」と言えるのかも含めて、勉強してみたく思う。彼の絵には何かしら不気味なものがあり、それが私をひきつけてやまない。レオナルドの先輩、ボッティチェリの絵には対照的に私はあまり興味を抱かないが、これはちょうど、私のプロコフィエフとショスタコーヴィチに対する態度の違いに相応するものかもしれない。

 西欧と東欧療法に関する理解を含めてはじめて、現代的なさまざまな問題に関する洞察と言えるものも生まれてくるのだと思う。たとえば、欧米とロシアがどこで歩み寄ることができ、どこでできないか、というようなこと。あるいは、ロシアとは欧米とは異なる種類の付き合い方が必要であるだろうが、それはどういったようなものか、ということも。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ビザンツ帝国史、ダ・ヴィンチ 科学史、音楽、露西亜、そして、、、/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる