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zoom RSS たたずむ人々

<<   作成日時 : 2007/07/06 04:28   >>

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 モスクワの街を歩いているとよくたたずんでいる人を見る。地下鉄の出口付近で、商店の前で、あるいはほんとうに何もない道端で、何をするわけでもなく、人待ちをしている風でもなく、放心状態のままたたずんでいる人々だ。たむろっている人々もたまに見かけるが、こちらは意外と珍しい部類に属する。
 3年前にもモスクワに来てしばらく暮らしたが、そのときにはあまり「たたずむ人種」の存在に気づかなかった。私が特に着目しなかったからもあろうし、おそらく季節のせいもあると思う。3年前には秋口に来たので、すでに日も短くなってきたし、気温もたたずむにはあまり適さなかった。いまは7月はじめ、一番日の長い季節で、夜も10時ごろまで明るいし、日差しは強いが街頭の気温・湿度ともに耐え切れないほどでもない。おまけにバカンスの時期でもあり、あまり人々は仕事をする気になっていない。
 私は人の多く集まる場所を通り抜けるさい、無意識に恐怖心が先立ってしまい、いつも足早に通り抜けるので、彼らをゆっくり観察したり、まして彼らとともにたたずむことはない。しかし、いったい彼らはあそこで呆然としながら何を思っているのだろう、と考えることはある。同時に、わが同胞である日本民族がいかにたたずまない民族であったかも思い出すのである。
 そう、日本人はたたずまない。これは、ひとつには日本人があまりにも忙しすぎることもあろうが、日本の都会がたたずむに適した構造になっていないからだろう。露天の店などはほとんど残っていないのでたたずんだところで面白くもないし、何よりも日本の都市の多くは道が狭いので、たたずんでいたのでは通行の邪魔になる。これは日本の都会、日本の生活の余裕のなさを象徴している、というと言いすぎかもしれないが、わが国では人々はみな、目的を目指して歩いているか、建物の中に閉じこもるか、いずれかなのだな、と、改めて思い知らされる。
 今日もモスクワでは街角で、何百もの人々が、時にビール瓶を片手に、呆然とたたずんでいる。モスクワとはどういう街か、と聞かれたら、そういう人々の風景が似合う街である、と、やや気障に答えることもできるかもしれない。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
外国に暮らすと日本のことがよく見えてきますね。
いい面も悪い面も興味深い違いも。
日本の道の狭さ、忙しさって、確かに際立って見えるかもしれません。
私は、「日本には広場がない」と気づきました。
天安門広場、赤の広場、コンコルド広場、そういう有名な大きい広場ないですよね。
土地が狭いゆえでしょうか。
モスクワの夏、満喫してください。
まるこ
2007/07/07 14:08
まるこさん、コメントありがとうございます
日本に広場がない、ということは興味深いです。広場を持たない歴史をわれわれは選択した、ということなのかもしれません、もちろんそれが良いか悪いかはまた別の問題です。
金山浩司
2007/07/09 04:06

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