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zoom RSS ロシア雑感、二題ほど

<<   作成日時 : 2007/07/10 05:22   >>

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 俗にロシア人は人なつっこいというが、モスクワに限ってはあまりそうでもないようだ。サンクト・ペテルブルクなどほかの都市を訪れたことのある人は、「モスクワの人間はどうも陰険でいかん」と言う。私はあれこれ言えるほど滞在していないが、モルドヴァ(ルーマニアの国境近くにある国です)からきて3年モスクワに滞在しているロシア人、ジェーニャも「モスクワ人は好かん」と言っていた。のどかな田舎から出てくれば誰でも大都会に対してはそんな感想を抱くのかもしれないが。
 言われてみれば、親しい間柄や素性の知れた間柄ならともかく、街中で普通に接する人間(一見さん)には応対が感じ悪い人間が多いようにも感じる。まあ、これが必ずしも彼らの徳義上の欠点やサービス精神のなさを表しているわけではないと思うのだが。ただ4年前のサンクト・ペテルブルクへの旅行のことなど思い出してみても、やはりこの町は幾分閉鎖的だなあ、とは感じ始めている。3年前しばらく当地に滞在していた折には、自分でモスクワ人たちと向かい合ってロシア語を用いつつややこしい用事をこなす、ということをあまりしなかったので、さほどとは感じなかったが。
 余談だが、モスクワっ子の発音は、日本で標準的に習うあの美しいロシア語とは少し異なっており、アクセントを強調するあまりやや聞き取りにくい上、怖い印象を与える。女性でも時々低い声で脅すようにしゃべる人があって、東洋から来た人間としては(東洋の女性は普通、あえてアルトで冷静にしゃべることをしないものだから)どうも身構えてしまう。

 ロシアでは法よりも人間関係、あるいは個々の人間の権威/人徳のほうが優先される、とはよく聞く話だが(中国でもそうだ、という話もあるが私は実地体験としては知らない)、上述のジェーニャをめぐってのとある出来事から、そのことを感じる機会があった。 
 ジェーニャは3年ほどわれわれの寮に住み、このたび博士論文をめでたく完成させた。しかしもう学生ではないのだからすぐに寮を出て行け、と管理人に突然言われて困惑していた。部屋を探す手間もさることながら、文科系の大学院生であり「おたく」でもある彼には大量の荷物がある。仕方なしに、しばらく彼は大量の荷物を友人の部屋数箇所に分けて置かせてもらい(私ともう一人の日本人との相部屋もそのひとつだ)、だれかれの部屋の空きベットを見つけては寮の中を転々と泊まり歩いていた*。
 ところでこの処置を命令した管理人のおばあさんは、もうすぐ年金生活に入るのだが、何か月分か給料が未払い状態になってこちらも困惑しているという(これが現在のロシアで普通のことなのかどうかについては、よくわからない。エリツィン時代は普通だったらしいですね)。なぜジェーニャをはじめみんながそんなことまで知っているのかまでは聞きそびれたが、とにかく、われわれとの会話でそのことが出た際、ジェーニャは「罰さ。ドストエフスキーさ」とこともなげに言っていた。
 われわれ(その場にいた日本人)は特に賛成も反対もしなかったが、よく考えればこの場合、法的な正当性は管理人のおばあさんにあるようであり、また、適切な法の庇護が受けれないおばあさんのほうこそかわいそうという見方もできる。しかし、ロシア人の多くはそのようには考えないであろうな、とも思う。つまり、いかに法的な後押しがあろうが、弱者に対して血も涙もない仕打ちをするような人間は罰を受けて当然である、という考えがあるのではないか。この地では、遵法精神の行き届いた、合理的に秩序だった人間よりも、他者に対する思いやりを保持するという点でむしろ一貫性を発揮する人間のほうが、高く評価されるのではないだろうか。

*後日談を書くと、ジェーニャは無事新しい部屋を見つけ、このたび引越しを完了させた。お祝いの席を設けてやらねば。

 法律といわずとも、決まりごとが一瞬のうちにひっくり返されることが十分ありうるのだ、ということを感じた別の例を書こう。私が科学アカデミーの公文書館で仕事をしていた際、閲覧を申請した文書のいくつかが「見せることができない」といわれて拒絶された。個人関係のファイルなので、遺族の許可が必要だという。遺族といわれても、どこにいるのか私はまったく知らず、困惑した。
 これが起こった翌日、私は当地で世話になっている科学アカデミーの科学史研究所に赴き、事情を話してみた。するとそこの研究員の方がすぐさま、それでは、当研究所の所長名義での手紙を作成しよう。それを見せてもう一度頼んでみるといいよ、と言い、文面(拝啓文書館長殿、日本より来たれりし我らが同僚金山浩司のために以下の文書の閲覧を許可願いたく申し奉候、科学アカデミー**研究所所長**、といった感じの)を作成してくれた。いろいろあって手紙の作成、署名には時間がかかったが、とにかくその日のうちに「さあどうぞ」と、手紙を受け取ることができた。
 私はその研究所員の方の親切に感謝感激するとともに(彼はいやな顔ひとつせず、結構な時間を割いて私のためにこれだけのことをやってくれたのである)、解決方法に驚きあきれた。科学アカデミーといえばロシアの知的エリートが集まる場所であり、現に私が訪ねた研究所もロシア随一の科学史研究機関である。そこの研究所にして、ほかの組織がいったん言ったことに対して所長(ちなみにPh.Dに相当するよりも高い学位を持っている)の権威を持ち出しつつ物事をひっくり返そうとしているのである。遵法精神何のその、である。しかしこちらではこういう仕事の進め方をするのだな、発想を転換させねばならないかもしれない、と改めて思った。いかなる権威が命令しようと、それに対してあれやこれやーより高い権威、コネ、泣き落とし、居直り等々ーを持ち出して打開を図るロシア式のやり方に、慣れればいけないのかもしれない。
 前の話とあわせて、やはり当地では人工的な規則よりも、そこにいる人間に付随することども、つまり彼/彼女の道徳的水準、権力等々、のほうがものを言うのだ、と感じ入った経験であった。暗黙のうちに規定されている法規など誰も本気では信じておらず、個々人のもつ善良さ/邪悪さ、が力を発揮する機会が非常に多い。この国の人々がしばしば、人間の情感に対して敏感で素朴な感情の発露に遠慮がない、と評されるのも、このあたりのことと関係しているかもしれない。

 ちなみに後者の話には後日談がある。手紙を持って再び文書館を訪れ、頼んでおいた文書の閲覧を願い出た私に対し、文書館員のおばさんは再び、「あなたの頼んだもののうち(といって私の書いた申請書を指差し)、これらは個人文書ですから許可されませんでしたよ」と念を押しつつ、文書の束を渡してくれた。ああ、ここで例の秘密兵器の登場かな、と思ったところ、手渡された文書の束を見ると、そこには許可されなかったはずの文書も含まれていた!
 むろん、このことはおばさんには黙っておき、「はい、わかりました」と恭順な姿勢で束を受け取った。私がその日、真っ先にその「禁じられた文書」から閲覧を開始したのは言うまでもない。
 研究所員の方の親切は、結果的に無効になってしまった。それが残念といえば残念だが、しかし結果よければすべてよし、といえるかも知れない。

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