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<<   作成日時 : 2008/06/17 02:08   >>

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 入院中には無聊を慰めるため、大量の本や映画を持参した。入院前日までにロシア行きの準備をしていたのだが、そのために詰めていた荷物―本、パソコン、辞書、着替え等々―をそのまま持っていった感じだ。たぶん、自力でスーツケースを引きずりながら入院してきた患者はそうそういないのではないかと思う。

 荷物の中にタルコフスキーの監督作品『ストーカー』のDVDがあって、この入院を機会に、一年以上ぶりにすべて見返した。相変わらず思うのだが、これはタルコフスキーの最高傑作ではないか。映像の扱いに難があるらしく、映画評論家の文章の中でその点辛口の評価がされているものも見たが、ある種の音楽作品だと考えればこの作品のすごさは理解しやすいのではないかと思う。一つ一つの映像そのものに含まれる構図やインパクトよりも、長めのカメラワークによって醸し出される緩急のつけられた時間の流れの表現。それが、良質の交響詩の如く説得力あるドラマツルギーを生み出しているのであり、一見意味のないエピソードにも存在価値を与えているのだと思う。
 この作品を初めて見たのは5年以上前、渋谷の映画館でのことであったが、その時見終わった際のしびれるような感動は今でもよく覚えている。上映終了後に沼野充義氏(ロシア・東欧文学)がレクチャーをなさったが、氏には申し訳ないことながらその時の私にとっては全くの蛇足でしかなかった(氏とは昨年秋、モスクワで個人的に会食する機会を得た。このことはもちろん黙っていたが)。思えば、常にフォルテシモで鳴り響く白痴的ロックのようなアメリカ映画と異なり、緩急の流れを集中して感じ取ることが必要なこの作品ではとりわけ、映画館というという隔離された非日常的な場所での視聴が必要になるのかもしれない。

 主人公の志向は強烈に宗教的なものであると思うが、そうした映画がブレジネフ時代とはいえ宗教を公には否定するあの国で作られ、上映されたのは不思議な気がする。この違和感は、私がもっぱらスターリン時代の激しく宗教否定的なアジビラ文章に接してきたせいで感じるのかもしれないが。

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