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<<   作成日時 : 2008/07/09 17:40   >>

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 過去のエントリーに対する南下政策を調べていた通りすがり。さんから寄せられたコメントへの回答を書いていたら長くなり、字数制限を超えてしまいました。以下に掲載します。

南下政策を調べていた通りすがり。さん 

 コメントありがとうございます。いくつかポイントがあるように思いますので、分けて回答しましょう。
・私のエントリーではもっぱら1905-1945年のロシア・ソ連のことについて扱っており、日本敗戦後のソ連政策については別途論じるべき話題かと存じます。これについて現時点で自分なりの意見を持つほどの知識はありませんが、一つ気になるのが、南下政策を調べていた通りすがり。さんの前提として、ソ連・ロシアに内在する本質として南下政策への衝動・対外拡張主義というものがあり、機会さえ得ればきまってそれが発現される、といった本質主義的視点があるように思われることです。
 これには私はほとんど共感しません。上述したような本質は、これ自体あいまいで、便利だが狗肉に必要とされない羊刀のごときではないかと思います。「A国はこういう国だから」という言い方はとりわけ我が国にとって因縁浅からぬ国々、対話が成り立たないという諦念を抱いている国々に対してよく使われますが(個人に対するのと同様ですね)、多くの場合、相手方の行動に対する歴史的・社会的条件の精査・考察を停止させるための言い訳に響きます。
 私とてロシア・ソ連が国家として自己の権益を拡張するために様々な進出を(かなり露骨に)行ってきたことぐらいは認めますし、国家一般が持っているようなこうした性向のことを南下と呼びたければ呼んでも構いませんが、そうするとありとあらゆる国家は南下政策をとっている、となってこの概念自体が空洞化する、ナンセンスなことになりかねません。
・「自国に対する、潜在的脅威に対し、事前に軍事的侵攻や、排除を行うことに関しては、当然の事だと思うのですが。相手が弱り目の時に進駐するのは、戦略の基本中の基本では無いでしょうか?」
 想定されている主体がこの文章からでは今一つ不明確ですが、文脈から推しておそらく過去の日本の行動に対する擁護を目的として語られているのでしょう。この意見は、かつて軍事的侵攻が実際に行われた際、しばしば用いられてきた理由づけと同型の論理構造に基づいているようにみえます。国家間の疑心暗鬼によって発せられる先制行動が数多くの悲劇を巻き起こしてきたあとになった21世紀の現在、たとえ匿名ベースでの発言とはいえこうした論理のはばかることなき提示にまた出くわし、軽い驚愕を覚えています(軽い、というのは、2003年のアメリカの行動を追認してしまった現在の世界においては、これもひょっとすると無理からぬことかもしれない、と思い直したからです)。私は別段絶対的な平和主義者ではありませんが、適切な軍事的・地政学的考察の範囲を超えたこうした極端な言説の危険性についてはやはり注意を喚起せずにはおれません。
・「ロシアは、未だに日本に対し、爆撃機で領空侵犯を繰り返しているのを、ご存知ないのでしょうか?」
 現状の正確な知識は私にはありませんが、私に限らず、この手の重大な情報は関係者以外が精密さを伴いつつ簡単に知りうる状況にあるのでしょうか。(南下政策を調べていた通りすがり。さん自らがこうした情報に接する立場にあるとすればここでそれを不用意に漏らすのはかなり問題でしょうが、まさかそれはない、と信じます。おそらく他人を介した情報でしょう)。私は何も、脅威など全く存在しないとか軍備を全廃してもよいなどと主張するものではありませんが、仮にこれが確信の持てる事実だとしても、私なら「だからロシアは敵だ」と断定する前に、(よほど差し迫った状況でもなければ)「敵」方の意図、能力、状況を精察しようとし、その上で対策を練ろうとするでしょう。

 ソ連・ロシアについては過去にも脅威をあおる声が高まったことがありました(1980年代前半)。こうした怯え・敵対心を抱かせることに関してかの国の側に大きな責任があることは事実ですし、かの国が持つ潜在的な力は無論無視できません。また、違法行為・恫喝行為に対してはそのつど適切な抗議の声(決して国家を成り立たせる基本的理念に対する侮辱の形をとってではなく!)を上げていくべきことも無論です。しかし両国関係が一触即発の事態にまで至ってしまっている場合ならばいざ知らず(どうも私には現在の日ロ間にそこまでの緊張・対立があるとは思えないのですが、これは「甘い」のでしょうか)、ある行動の解釈に際して相手方の歴史的事情や恐怖感を考慮せず一方的に「決めつけ」ることは安定した平和的関係を築くためには障害にしかならないでしょう。その行動が内政に関するものであったりするのではなく、ほかならぬ当方との関係によって相当程度規定されてきた種類のものであるならばなおさらのことです。
 もちろん、平和的関係など一切必要でない、という前提であれば、ここで私が書き連ねたこともすべて無駄、ということになりますが。

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