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zoom RSS ひと段落(含・学問関連余談)

<<   作成日時 : 2009/02/17 01:53   >>

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 5年前に行った、とある二次文献翻訳の見直し・修正を終えた。
 たかが10ページちょっとの論文の見直しに5日もかけてしまった。まあ、D論執筆という大目標からすれば副次的な仕事とはいえ、一区切りつきました。ちなみにこの翻訳、出版する予定は今のところないが、多分D論の付録にはするだろう。
 5年前といえば、今の専門(1930年代ソ連哲学論争)を選びとろうとして奮闘していた時期に当たる。とりあえず二次文献の読破からやるか、ということで、かなり凝った文体のロシア語で書かれたこの論文を入手し、読んだのだった。なぜ多大な手間をかけて翻訳までしようと思ったのかは、今となってはよく覚えていない。
 月日が経つと、とりたてて自覚的な訓練はせずとも語学力というものは上達するものだ、ということが見直す過程で分かった。というか、5年前の俺のロシア語読解力低すぎ。そういえば当時は会話も全くできなかったなあ。
 さて、外国語能力は明らかに上達したわけだが、日本語表現力を含めた、自分で論文を書くときに要求されるような基本的能力というのは大して変わっていないような気もする。こう感じるのは、5年前の自分がこの点である程度完成されていたためか、今の自分が相変わらず未熟極まりないためか。

 話は微妙に変わるが、学問の世界に足を踏み入れた当初は、学術論文なんて、芸術作品じゃあるまいし、ある程度訓練すれば誰だって書けるんでしょ、と思っていた。ところがどっこい、いろんな人を見渡してみると、どうもこの分野にも、才能としか言いようのないものがあるような気がしている。論文を書くときに最も重要な才能は何かというのは、ある種の企画構成力、としか言えないが、情報収集力や言語能力、知的好奇心、根性・持続力などとは質的に異なるものだ。こういった能力がすべて備わっていたとしても、プラスアルファの何かがなければ、なかなかオリジナルな成果を人に見せられるような形にすることができない。
 ううむ、私は今、すごく残酷で、鼻もちならないことを書いてしまったかもしれない。

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