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<<   作成日時 : 2009/04/11 05:25   >>

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まずは業務連絡から

 日本語圏の科学史家・技術史家の皆さん、
 今年のブダペシュト国際学会の件ですが、参加費用が割引になる、早期参加の申し込み期限は今月15日までだそうです。
 発表される方には学会運営事務局から昨日あたり、メールでお知らせがあったかもしれませんが、 「発表申し込みと学会参加申し込みとは別物」らしいので、お気をつけください。
 発表されない方には、むろんのことこのようなお知らせはいっていないでしょうから、なおさらお気をつけください。
 老婆心ながら。

そして本題

 今回自分は、近しい分野の研究者が一堂に会するシンポジウムにて発表をする機会を得た。自分の研究のアピールという点でも、この分野の世界的動向を見極めて新しい知己を得るという点でも、有益な機会になりそうだ。発表のテーマにおいて、若干大風呂敷を広げてしまったのだが、それに見合った内容にするようにがんばらねば。
 ところで、学会での口頭発表というものが業績になる、という近年の風潮(これは世界的なもの、なのだろうな、やはり)に対しては以前から疑念を持っている。発表をすることがある学会に受け入れられたということは、テーマが流行に乗っていたり発表者(あるいはその指導教官?)の知名度があることを意味するかもしれないが、研究そのものが説得的なものとして受け入れられたということをなんら(というのは言い過ぎかな)意味しない。また、そのテーマの深化発展という点からしても、学会発表というものは、寄与できるところがずっと少ないことが普通だと思う(15−20分の発表というのは粗漏になりがちで、発表者の意を十分に伝えたり細やかな討論をおこなうことが困難だからだ)。研究が専門家の間でも受け入れられる、よいものであるかどうかを見極める指標としては、やはり、論文が雑誌の査読を通ったかというのがもっとも信頼できるものであろうし、研究の内容を詳しく知らしめたり批判を受け止めて自身のテーマを発展させたりするには、内輪の研究会等でじっくり時間をとるほうがずっと効果的であろう。
 もちろん、発表者のキャリアがまだ短くその学会の参加者の間でまだ広く知られていない場合や、普段なかなか会えない同僚と会いたい(そして面倒くさい仕事の打ち合わせなどを効率的にやりたい)場合などは、学会はきわめて有益な場となろう。しかし、そこでの発表がなぜ業績としてカウントされるのか、正直言って、私にはよくわからない。
 ちなみにWeb上で公開している私の業績一覧では、いわゆる学会発表と研究会発表とをごちゃ混ぜにして掲載しているのだが、それも上のような考えに拠っている。まあ、どうせなら口頭発表はいっさいリストに載せない、というのがもっとも筋の通ったやり方なのですが、このあたりなんだか、我ながらすっきりしないというか、意地汚いですね(苦笑)。

 ところで、何本かの論文作成・公刊というハードルは一応クリアしている私だが、近年の業績作成に向けたプレッシャーには、やはりというか、辟易させられるところもある。学問の世界でもまたアメリカの悪習が・・・と言いたくなるときもある。とはいえ、いままでわが国の人文社会系の研究者がおおむね甘やかされてきたという事情を考えれば、この風潮が出てくるのもやむを得ないのかもしれない。
 科学史・科学論分野についていえば、ここ数年、大学院生・若手研究者は実によく論文を発表するようになってきているな、という印象がある。論文業績が一定数ないと博士論文も書けず、そうなると就職等も望むべくもないからだろう。大変ですなあ(って、他人事ではないのだが。あと、論文を書くことは自分の研究の方向性を見極め、きちんとした批判のもとにさらす、という点からしてもっとも有効な手段であるのは間違いないので、どしどしやればいいのですが、しかしまあ)。

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