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<<   作成日時 : 2009/11/08 22:22   >>

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・せっかく雪が降り積もったというのに、昨日今日と雨で、銀景色が洗い流されてしまった。しくしく。早くちゃんとした冬にならないかなあ。

・若く優秀な研究者の中には時々、他人の仕事に対してすさまじくキツイ物言いをする人がいて、はたから見てハラハラする時がある。いくら悪意はない学問的批判とは言っても、刺されるんじゃあるまいか、と。学者とて人の子だから、語り口には気をつけねばなあ。
 学問的なことでコテンパンにやっつけられるとか、周囲の同僚に対して劣等感を抱くとか、そうしたことを一切経験せずに己の正しさと才能を信じながらやってこれた場合、彼あるいは彼女の「強さ」が外に向けられると、それが他人を傷つけるような形態をまとってしまう、ということなのだろうか。まあ、かくいう私も(優秀かどうかはともかく)結構生意気なほうかもしれないが。以て他山の石とすべし。

・本当に、他人の研究の評価は難しい。だいたい、独立した研究者が数年間も入れ込むからには、何かしらそのテーマには面白さが含まれているのは間違いないと思う。ただ、ひとりの人間は森羅万象に興味を持ったり理解したりすることはできないので、どうしてもその人の研究の面白みや価値がこちらに伝わってこない場合もあるだろう。そういう時はどうするか。つまらんなあという感想が顔に出る前にそそくさとその場を立ち去る、というのが正しい態度なのだろうか。

・私にはまだ大学の教壇に立った経験はないが、数年後に経験する可能性は十分あるので、自分ならどんな授業ができるか、と考えることがある。大学教師というのは、何よりもオリジナルな研究者としての見識に裏打ちされた授業をやらねばならないのだろう。つまり、教科書やらWebやら新書やらを見れば書いてある程度のことばかりを教授していたのではだめなのであって、何かしらその人でなければ伝えられないようなことを盛り込むべきなのだと思う。そう考えたとき、私の独自性というかが発揮できるのはどこなのか。
 たとえばロシアの思想家・地球化学者であるヴェルナツキーの考案した生命圏(biosphere)とか知性圏(noosphere)―訳語はあてずっぽう―とかいった概念について多少なりとも理解のある科学史家は、日本広しといえども多分三人ぐらいしかいない。科学史・科学思想史の授業を私がやるとするなら、このあたりが切り札になってくるのだろうか。長い間ロシアという隔絶された世界に住み、自分の専門研究にばかり没頭してきた私は、多分欧米の全般的な科学史研究の動向などには疎くなっているわけだが、その一方、ロシアで勉強してきたという強みを生かせる領域はあると思う。研究者としてだけではなく教育者としても。
 まあ、大学の教壇に立つまでまずは生き延びねばならないわけだが。

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