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zoom RSS ユング『千の太陽より明るく』露語版まえがき、あるいはソ連人は原爆投下をどのように見ていたか

<<   作成日時 : 2009/12/21 06:28   >>

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 少し前のことだが、レーニン図書館にてかの有名な―20世紀の科学技術史をやる人は一度は読んだことがあるのではないか―、ユング『千の太陽より明るく』ロシア語版を閲覧した。原著(英語)が1958年刊行なのに対し、1961年に出たというから、かなり早くに翻訳されたことになる。
 ここでの翻訳者(В. Дурнев)によるまえがきが、ソ連人が広島・長崎への原爆投下に対してとっていた一般的なスタンスを表していて結構面白い。日本人読者にとって特に興味深かろう一節をご紹介しよう。

アメリカの公式見解―すなわち原爆は戦争の終結を早めるために投下されたのだというそれ―をとりあげつつ、彼〔著者ユング〕は読者に向けて、投下がまったく軍事的必要性なしになされたこと、そして広島および長崎で命を奪われた何ら罪のない数十万人の人々は、合衆国のいわゆる「核兵器外交」の犠牲となったのだということを示している。残念なことに、著者はこの外交の本質―それはすなわち、核科学と核技術の大いなる成果を、好戦的な帝国主義政策の武器として、政治的な恐喝の手段として用いようとしていることにあるのだが―を全く取り上げようとしない。
〔…〕
トルーマンは日本軍国主義者たちに対する戦争にソヴィエト連邦が参加することを正確に知っていたし、広島と長崎の破壊が軍事的な視点からすれば意味のないことも正確に知っていた。そしてそれでも、アメリカの独占に向けた意志を遂行すべく、彼は「やれ」と言ったのだ。何のため? 世界中を、何よりもまずソヴィエト連邦を恫喝するためである。これが合衆国の「核兵器外交」の始まりだったのだ。
〔下線強調は原文どおり〕
Р. Юнг. Ярче тысячи солнц. М., 1961. СС. 8-9.)


 ルポタージュへの注釈にしてはずいぶん攻撃的・政治的だが、当時のソ連ならではですね。キューバ危機の起こる前年にこのロシア語版が出たことを思うと感慨深い。
 このような原爆投下解釈が正しいかどうかはひとまずおく。専門家に聞いてみるべき問題であろうし(私の狭い読書からすれば、近年の研究は、このソ連解釈には一理も二理もあったことを示しているように思うのだが)。注目してほしいのは、このような解釈―原爆投下はソ連に対する恫喝の起点であったとする―がこの著者一人にとどまらず、ソ連では一般的であった、そして原爆投下についてはかの国では初等中等教育の段階でかなり力を入れて教えられていたようである、ということである。
 かつて誰だったか日本人作家が、ウズベキスタンだかどこかの中央アジアの国に旅行した際、年端もいかない子供が日本人である自分に対して「ヒロシマ、ナガサキ!」と叫ぶのを聞き、ああ、こんな田舎にまで被爆地の名前は知られているのか、と感慨を抱いた、などということをエッセイに書いていたような記憶があるが(すみません、どうしてもこの作家の名前が思い出せない)、これは要するに、ソ連の反米教育の賜物だったのだと思う。

 事実としては他愛もないことだし、別段不思議なことでもないが、とにかくソ連国民は広島・長崎の名前を(米帝国主義の残虐性、というイメージとともに)よく知っていた。米日両国の原爆イメージはしばしば対比させられるが、これにソ連国民の原爆イメージに対する考慮が加われば、その手の話題もより立体性を持つのではないかな、と、ソ連科学史をやっている人間としては思わないでもない。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
武田百合子(武田泰淳の妻)のロシア紀行『犬が星見た』ではないかと思います。
kitayamatakeshi
2010/04/07 11:59
ご指摘ありがとうございます。ただその本、読んだという記憶がありません…ううむ。
今度日本に帰国したおりには図書館で調べてみます。
kanayVc
2010/04/09 05:50

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