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みんなの「読書」ブログ


ジョージ・ソロスはこんなヤツだった―ある科学史家の回想より

2011/10/15 23:42
 ハンガリー生まれの投資家・慈善家であるジョージ・ソロスが、ウォール街での格差社会反対デモを裏で支援しているという話があるそうだ。 (ロイター通信記事
 米国でもかなり上位に名を連ねるという大富豪にして、格差社会への反対者とは、何とも奇妙ではある。このソロスという矛盾した(ように見える)人格について、米国の高名な科学史家(ロシア・ソ連科学史が専門)であるローレン・グレーアムが回想している。グレーアムは1990年代前半、崩壊後混迷を極める旧ソ連の科学・技術を援助する、ソロスによって設立された資金の顧問を務めていたのだ。この種の基金はいくつかあったが、ソロスがこの領域に進出するや、ほかの米国の基金はその存在がかすんでしまった。それほど、ソロス基金から供出された援助は莫大なものだったらしい。

 グレーアムによればソロスは「子供のころから黙示録的な幻想にとらわれていた」複雑な人格の持ち主であるという。「こうした幻想を制御こそしたが抑え込むことはしなかったということもあり、彼は史上最も成功したヘッジファンドのマネージャーとなった」(Loren R. Graham, Moscow Stories (Indiana UP, 2006), 263)。
 ソロスは自らが誤りを犯しうる存在だと進んで認めることができたと同時に、恐ろしく傲岸不遜であったとグレーアムは述べており、そのために耐えかねて顧問を辞そうかと思ったこともあるほどだったらしい。
 ソロスのやり方は時に実に荒っぽかった。1992年、ロシアの科学者の経済的な窮状が伝えられる中で、ソロスは一人当たり500ドルの資金援助を決意し、グレーアムに向かってこんな難題を出したとか。「ローレン、君はロシア科学のエキスパートだろう、旧ソ連で最良の科学者2万人の名簿を提出できないか。」(Moscow Stories , 265)グレーアムは非常に驚愕した―このやり方をとろうと思えば、どうやって最良の科学者を選ぶのか、金をどうやって届けるのか、問題は尽きない―が、ともかく数週間以内にやり遂げたというからあっぱれなもの。
 ソロスの慈善事業はロシアのマスメディアには疑いをもってみられ―頭脳流出を促している、文化的侵略をたくらんでいるなど、当時、ソロスに対する中傷記事が多く見られたそうだ―、彼は傷つき、この分野からやがては撤退していく。グレーアムはこれらの中小は濡れ衣であるとしながらも、ソロスが慈善事業と投資事業との区別をやがてあいまいにしたことについては残念に感じている、という。1996年にはソロスはロシアのある放送局に投資するようになっていった。これ以降、グレーアムも―彼の善意に対する信頼は保ちつつも―彼の基金にかかわるのをやめてしまった。

 グレーアムは次のように書いている。「ソロスの投資家としてのきらめきには、哲学者、利他主義者、改革者としての動機が混ざりこんでいる。あまりに財産を持っているがため、ソロスが行うことはみな、よいことも悪いことも、規模が膨大になり、そして彼のあらゆる特徴―善意、強欲、莫大なエゴ―は、目も眩むほど、大きく映し出されるのだ。」(Moscow Stories , 275)
 強欲にしてはかりしれない善意の持ち主。吝嗇にして豪放。謙虚にして傲岸。資本主義システムにおける最強の勝者の一人でありながら同システムへの反逆者。なんとも、矛盾と魅力に富んだ人格ではある。
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「テロリストの回想」を読み始める―あるいは、1920年代ソ連の出版事情について若干

2011/01/15 06:01
 住んでいるアパートの入口ロビー(広いものではないが)には、住民が置いて行ったと思しき本を陳列するコーナーがあり、適宜借りていっていい、ということになっている。こんな、住人以外入れない場所にごく少数の本を置いておくよりは、図書館等、より広いパブリックな場所に寄贈するほうがいいのではないか、と思うが、まあそうは言いつつ、たまに眺めてみたりしている。
 今日、そこで何げなく手に取った本が、エスエル党(社会主義者―革命家党)の活動家、ボリス・サヴィンコフ(Борис Савинков)の回想録を中心とする著作集だった。サヴィンコフは帝政ロシアの高官を暗殺する等の活動に携わり、1925年、ソ連の監獄内で自殺した人物である。部屋に持って帰って読み始めた。

 まだ他人の手による序文部分しか読んでいないので内容そのものについては論評しないが、とりあえず目を惹く外的事情として、この、1990年に出た本が、1924年、1928年に出版されたサヴィンコフの本を再構成したものである、ということがある。むろんこれらの本は地下出版ではなく、ソ連国家の出版局の手により、ソ連領内で出されたものである。
 1928年版への序文なるものも同書の中に採録されているが、なるほど、この、「マルクス主義者からナロードニキに逆流していった」人物に関する解説は手厳しく、すでに亡き著者をほとんどこきおろしているといってよい。しかしとにかく出版はしている。

 ソ連政権のイデオロギーからすれば好ましくない人物の著作に対してこうした対応が取られた同様の事例は、私が知っているだけでも他にもある。特にどうということのない(目新しいというほどのものでもない)話かもしれないが、1920年代のソ連ではこの程度の措置は部分的かもしれないがとられていた、という歴史的事実だけ、ここに記しておく。
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才能と欠乏との、あるいは才能と締め切りとの微妙な関係―小田嶋隆へのインタビューから

2010/08/17 02:54
結局「なぜ人はものを書くのか」という話をすると「書きたいものがあるからだ」というのは一応建前としては正しいんですが、実は私も含めていろいろなライターさんを見ていると「締め切りがあるから書く」ということだったりするんですね。


 鬼才コラムニスト小田嶋隆へのインタビュー記事からの引用である(以下、引用はすべてこちらから)。これに限らず、このインタビュー、ものを書く人間にとってのモチベーションや才能といった気になる話題について、実に興味深い至言がちりばめられている。
 
(…)けしからんことに能力を潜在させたまま50代になってしまう人が多い。潜在能力というのはそういうことなんです。能力が潜在しているということは、要するに頑張ってないということなんです。


 ぎくっ

(…)「現状がすごく恵まれていない」ということは、ものを書いたり、何かを生産したりすることにはとてもよい状況なんじゃないか、と考えると良いのではないかと、(…)


 これは実際そうだよなあ。アカポスについた途端に論文生産性が激減する、という人を時々みかけるが、それは物理的な忙しさということ以上に、「恵まれすぎている」環境が必死で論文を書くという方向性を涵養しにくいから、というのがあるのだろう。論文というのは、多かれ少なかれ、何がなんでも、といった感じでとりつかれないと書けないようなところがありますからな。

(インタビュアーの「何かひとつ頭が出るというか、一皮むけるそのポイントというのは何だと思いますか?」との質問に答えて)「月並みな返事になりますけれど、最後は必死に頑張っているかどうか、ということだと思います」


 必死さ…ベタだけど、真実だよなあ。

会社のなかでも「あいつはやればできるんだよね」という人は必ずいる。だけど、そういう人たちの大半はやらないわけですよ。一方で、「あいつはすごく頑張ってるよね」「恵まれない能力で精一杯で頑張ってるよね」という人たちもいるわけです。結果的には、そういう人たちのほうが10年たってみると仕事はできるようになっているんですね。
(…)すごくポテンシャルの高い人間ってあんまり頑張らない。ポテンシャルがあってなおかつ頑張る人というのは、それこそ王貞治くらいしかいない
(…)王貞治とかイチローとか、そういう人は本当に日本に何人かしかいません。大抵の才能のある人は怠けている。


 これも共感する。あまり大きな声では言えないが、自身の周囲を見渡しても思い当るところがなくもない。元々の「地頭」がいい人がどうも伸び悩んでいたり不活性に陥っている一方、それほどでもない(失礼!)人が積極的にさまざまな成果を出していたりする。
 アカデミズムの世界では人々の才能を云々することは普段は―まあ、慇懃無礼の世界ですから―避けられているけれども、やはり、論文を書くというこの分野にもある種、もって生まれた才能がものを言うようなところは、確かにある(芸術分野ほどあからさまではないかもしれないが)。しかし、20代やらそこいらのうちにあんまりその才能を明らかに、大した努力もなしに現せててしまう人間というのは、以後怠けてしまったり必死のモチベーションを保てなかったりという意味で危うい、のかもしれない。
 こういうことを書くのはおこがましいが、ちょっと自戒も込めて、そう思う。

 で、学者が必死になるためのモチベーションはどのような状況で涵養されるのか、というと―それは必死に書かないと食えないような状況、なのだろうか? ここが難しく、肝要なところだ。
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『テロリズムと共産主義』

2010/03/27 21:19
 ロシア語の授業を受けに大学に通うようになったので、通学時間というものが生まれている。このところ地下鉄の中のお供はトロツキーの『テロリズムと共産主義』(1920年)。いやあアツい。以下部分的に抜き書きしてみる(拙訳で失礼!)。

(ところでいきなり話はずれるが、モスクワの本屋ではトロツキーやカストロの著作は時々見かけるものの、ブハーリンや毛の著作は未だ見たことがない。偶然だろうか)

[カウツキーの見解について]ドイツにおける問題は実際のところ現実の権力の奪取ではなくして、選挙法の形態に帰結する、というわけだ![…]
革命政党の課題は、その時々に危険を予見し、危険の作用を予想することである。ところでこのためには今は、権力を実際に握っている者たる大地主とブルジョアども―彼らは一時的にエーベルト氏やノスケ氏の陰に隠れているにすぎない―の手からそれを切り離す以外に道はない。すなわち、目下の国民会議から歴史的道程は二手に分かれている―帝国主義的派閥の独裁か、もしくはプロレタリアートの独裁か。
Лев Троцкий. Терроризм и коммунизм (Санкт-Петербург: Азбука-классика, 2010). С. 31-32.

 みよこの断定口調。
 あまり意味のない仮定であるが、時々、革命の時期のロシアに自分がいたとしたらどの政治的派閥に属していただろうかと、空想することがある。おおむね、メンシェヴィキの中道あたりで、武装蜂起に反対してレーニンやトロツキーに盛んに断罪される役回りではないかという気がする。で、かといってカデット(立憲民主党)はご免こうむりたい、といったような。私は平和主義者というのではないが、やはり基本的に懐疑的で、レーニンらのように決断と賭けに打って出ていく性格を有していない。
 いや、個人の性格がどうかという問題ではない、お前の階級意識がそのような臆病さを生むのだ、とマルクス主義者には言われそうだが。

 ところで近年はロシア革命史研究もボリシェヴィキ中心史観を脱しつつあり、メンシェヴィキら他の党派の思想と活動にも注目がなされつつあるようだ。喜ばしいことである。もっとも、日本でこのあたりの研究に取り組んでいる人というのは寡聞にして知らないのだが…
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ショスタコーヴィチとチェーホフ、トゥハチェフスキーとロスチャイルド

2010/03/24 13:02
 ロシア国立人文大学で私が今出ているロシア語の授業の一つでは、ひたすらチェーホフの短篇を読破してゆき、先生の解説を受け、討論する、ということをやっている。昔から自分にある文学コンプレックスを払拭しようという気持ちもあるのか、結構我ながら熱心に授業に参加しているように思う。

(余談だが、この文学コンプレックスというのもよくわからない感情である。私の専門分野を研究するにあたって、文学の知識は、少なくとも直接的には必要ない。実際、私の知る限り、科学史家・技術史家たちは詩も小説もろくすっぽ読みはしない。にもかかわらず自分が文学を知らないことに負い目を感じるというのは、知識人であるためには文学の素養が必要不可欠と私が心のどこかで考えているからだろうか。これは何と言うか、ロシア人の態度に近いような)

 否、コンプレックス云々以前に、とにかくチェーホフの短篇はみな味わい深く、それを読んでいくというのは最高のぜいたくな時間の過ごし方であるように思うのだ。しかも専門家の先生の解説がつくというのだから。楽しめるわけである。

 先日は「ロスチャイルドのヴァイオリン」を読んだ。どうも何とはなしの既視感を覚えたのだが、授業のあった日に、日本から持ってきた『ショスタコーヴィチの証言』をたまたまひもといていたら、次のようなフレーズを見つけ、あっと気がついた。ショスタコーヴィチが、若いころ親交をもっていた、そしてスターリンにより銃殺された傑出した軍人、トゥハチェフスキーについて回想する場面である。(これをショスタコーヴィチ自身が本当に語ったのか、それとも編者のヴォルコフによる創作なのか、さしあたってそれはこの際どうでもよい)

トゥハチェフスキイの作ったヴァイオリンを、今だれが弾いているのだろうか。もちろん、無事に残っていればの話だが。それらのヴァイオリンが哀れをもよおす音色を出しているのではないか、と思う。

ヴォルコフ(水野忠夫訳)『ショスタコーヴィチの証言』(中公文庫、2001年)、225-226頁。

 「ロスチャイルドのヴァイオリン」は日本語にもなっているのでご存知の方もいようが、人生の最後になって、無駄に過ぎ去った来し方を振り返った老人が、今までいがみ合っていた音楽家ロスチャイルドに自分のヴァイオリンを形見として与える。老人の死後ロスチャイルドの奏でるヴァイオリンの音色は恐ろしく哀しく、聴く人の魂を揺さぶる、という話である。『証言』を今まで何度か私は読み返しているが、上の引用部分は今まで何の気なしに読み飛ばしてきた。しかし、今や、この部分の記述が明らかにチェーホフの短篇を念頭に置いていること、短篇の主人公とトゥハチェフスキーとが重ねあわされていることをはっきり理解した。こんな程度のことに今さら気付くとははなはだ不明の至りではあるが。

 豊富な伝統を背後に持つロシアの芸術家たちは、今もなおこのような仕掛け、パロディーをふんだんに作品の中に忍ばせているのであろうか。
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ユング『千の太陽より明るく』露語版まえがき、あるいはソ連人は原爆投下をどのように見ていたか

2009/12/21 06:28
 少し前のことだが、レーニン図書館にてかの有名な―20世紀の科学技術史をやる人は一度は読んだことがあるのではないか―、ユング『千の太陽より明るく』ロシア語版を閲覧した。原著(英語)が1958年刊行なのに対し、1961年に出たというから、かなり早くに翻訳されたことになる。
 ここでの翻訳者(В. Дурнев)によるまえがきが、ソ連人が広島・長崎への原爆投下に対してとっていた一般的なスタンスを表していて結構面白い。日本人読者にとって特に興味深かろう一節をご紹介しよう。

アメリカの公式見解―すなわち原爆は戦争の終結を早めるために投下されたのだというそれ―をとりあげつつ、彼〔著者ユング〕は読者に向けて、投下がまったく軍事的必要性なしになされたこと、そして広島および長崎で命を奪われた何ら罪のない数十万人の人々は、合衆国のいわゆる「核兵器外交」の犠牲となったのだということを示している。残念なことに、著者はこの外交の本質―それはすなわち、核科学と核技術の大いなる成果を、好戦的な帝国主義政策の武器として、政治的な恐喝の手段として用いようとしていることにあるのだが―を全く取り上げようとしない。
〔…〕
トルーマンは日本軍国主義者たちに対する戦争にソヴィエト連邦が参加することを正確に知っていたし、広島と長崎の破壊が軍事的な視点からすれば意味のないことも正確に知っていた。そしてそれでも、アメリカの独占に向けた意志を遂行すべく、彼は「やれ」と言ったのだ。何のため? 世界中を、何よりもまずソヴィエト連邦を恫喝するためである。これが合衆国の「核兵器外交」の始まりだったのだ。
〔下線強調は原文どおり〕
Р. Юнг. Ярче тысячи солнц. М., 1961. СС. 8-9.)


 ルポタージュへの注釈にしてはずいぶん攻撃的・政治的だが、当時のソ連ならではですね。キューバ危機の起こる前年にこのロシア語版が出たことを思うと感慨深い。
 このような原爆投下解釈が正しいかどうかはひとまずおく。専門家に聞いてみるべき問題であろうし(私の狭い読書からすれば、近年の研究は、このソ連解釈には一理も二理もあったことを示しているように思うのだが)。注目してほしいのは、このような解釈―原爆投下はソ連に対する恫喝の起点であったとする―がこの著者一人にとどまらず、ソ連では一般的であった、そして原爆投下についてはかの国では初等中等教育の段階でかなり力を入れて教えられていたようである、ということである。
 かつて誰だったか日本人作家が、ウズベキスタンだかどこかの中央アジアの国に旅行した際、年端もいかない子供が日本人である自分に対して「ヒロシマ、ナガサキ!」と叫ぶのを聞き、ああ、こんな田舎にまで被爆地の名前は知られているのか、と感慨を抱いた、などということをエッセイに書いていたような記憶があるが(すみません、どうしてもこの作家の名前が思い出せない)、これは要するに、ソ連の反米教育の賜物だったのだと思う。

 事実としては他愛もないことだし、別段不思議なことでもないが、とにかくソ連国民は広島・長崎の名前を(米帝国主義の残虐性、というイメージとともに)よく知っていた。米日両国の原爆イメージはしばしば対比させられるが、これにソ連国民の原爆イメージに対する考慮が加われば、その手の話題もより立体性を持つのではないかな、と、ソ連科学史をやっている人間としては思わないでもない。
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1938年、モスクワの日本大使館関連の椿事

2009/12/20 01:54
 D論を提出後、自分の専門に関する文献は目にしたくなく、実際目にしていない。その代わりというべきか、専門とはややずれる本はわりに読んでいる。そのひとつが、1990年代にフランス語で出た、あのベリヤの息子、セルゴ・ベリヤ(ロケット技術者)の手による父親の評伝である(私が読んでいるのはもちろんと言うべきか、ロシア語版)。驚くべきエピソードの連続で、いろいろと紹介したいところがあるのだが(というかこの本、日本語で出ないだろうか)、本日は、日本大使館がらみで1938年か39年に起こったというできごとを取り上げてみよう。
 1938年、当時10代半ばだったセルゴは、父が内務人民委員部本部に所属するようになったのに伴い、トビリシからモスクワに引っ越してきた。そこでは彼の学業の継続のことが問題になったのだが…

私は地区の学校〔シコーラ、ソ連・ロシアの初等・中等教育機関、だいたいみな6歳ごろから17歳ごろまでここで学ぶ―引用者注〕に編入した。これは日本大使館の向かいにあった。フットボールで遊んでいる際に、我々の球が大使館の窓ガラスを破壊する事件が頻発していた。ある時日本人たちは外務人民委員部に抗議を申し入れ、我々の学校は別の場所に移転されることとなった。結果、私はヴァーシャ〔スターリンの次男ヴァシーリー―引用者注〕とスターリンの娘スヴェトラーナ・アミルーエヴァが学ぶ学校に入りなおした。
Серго Берия. Мой отец Берия. в коридорах сталинской власти. М.: ОЛМА-ПРЕСС, 2002. стр. 54.)

 まあこれはあくまでセルゴの回想で、すぐさま信じるわけにはいかないかもしれませんが。
 しかしまあ、戦前の日本人つえ―!! 
 って、ネット右翼連中が喜びそうな話ですな。
 あるいは、当時のソ連の中学生って結構…
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意識の危機

2009/10/29 02:37
 なる表題の本を買ってまいりました。スピリチュアル系じゃないですよ。マルクーゼとかオルテガとかマートンとか、そのあたりの社会科学系思想家の文章を集めたアンソロジーです。(Кризис сознания. М.: Алгоритм, 2009)
 ロシアの思想家を開発したい気持ちもあるのだけど、どうもこのあたりの慣れたビッグ・ネームのほうに目がいってしまうのだよなあ。

 で、さっそくフロムの現代における人間疎外についての文章を読んだ。これは身につまされる。特に外国の大都市の中で暮らしている人間としては。本文をここに引用して紹介したいぐらいだが、今ちょっとロシア語を日本語に移すほどのパワーがないので、パス。すいません
 私はフロムについてはほとんど何も知らないが、この人にとって世界はよほど不愉快なものだったのだろうなあ。

 そのほか、マンハイムの、現代における知識人集団の性格の変質について扱った文章も読んでみるが、これが難しい。いや、最終的に言いたいことはなんとなくわかるのだが、何もそんなにもって回った言い方をしなくても、と思ってしまう。
 日本語で「イデオロギーとユートピア」を読んだときも同様に、よくわからなかった記憶がある。ひょっとしてマンハイムって、悪文家?
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スターリン時代を生きた哲学者の回想録より

2009/10/20 04:00
 このブログにも時折コメントを頂いている同志ひら氏(歴史家)が、読んでいる史料の内容紹介をMixi日記でなさっている。これに触発されたこともあり、私も当ブログにて同様のことをちっとしてみようかと思う。ただし、ひら氏がユーモアあふれる紹介を行っているのに対して、今日私が紹介する箇所はユーモア抜きの重苦しいものである。あしからず、ご了承を。

 紹介するのはソ連の哲学者デボーリンの回想録である。といっても誰それ? という人がほとんどだろうから、簡単に略歴を記しておくと

デボーリン、アー・エム(А. М. Деборин, 1881-1963):ソ連の哲学者。10代から社会民主主義運動にかかわり、レーニンの信を得、10月革命以降に設立された各種の「赤色の」教育研究機関においてマルクス主義哲学の教育・研究に携わった。1920年代には弁証法的唯物論に関する多数の理論書・啓蒙書あり、またソ連哲学界を代表する第一人者として大きな権威を獲得した。1929年アカデミー会員。しかし1930年、ソ連全般を襲ったスターリン主義的転換の中で若い世代の哲学者からその哲学的立場をはげしく非難され、以後事実上ソ連での著作の公刊を禁じられた。

 というところ。今日扱うのは、その彼が最晩年(1961年)に書いたものの、その内容が「不適切」と判断されたためか今年(2009年)まで刊行されなかったといういわくつきのものである。(Воспоминания академика А. М. Дебориа //Вопросы философии. 2009. 2. С. 113-133.)
 
 スターリン時代において政治的に敗北したものは、常に肉体的破滅の予感と直面しなければならなかった。デボーリンは幸いにして粛清の時期を生き延びたが、「招かざる客の来訪にたいして常に準備しつつ、私は22年間を生きた」と回想しており、ほとんどノイローゼ状態だったという(С. 126. 「招かざる客」とは無論、政治警察のこと。「22年間」というのは、デボーリンが失脚した1931年からスターリンが死ぬ1953年まで、という意味だろう)。彼の多くの仲間が逮捕され、命を失った。彼自身、著作を刊行できなくなり、かつての著書は忘れられようとしている。
 そんな彼が次のように書いている。この箇所は多分今後私の論文の中では引用されることはなかろうが、せっかくなのでここに抜き書きして公開することにする(訳が見苦しい点はご容赦を)。

歴史は、その中に人間の認識が地表に何らの跡も残さず投げ込まれていく、そのような底なしの深淵ではない。もちろん、そのようなことはあったし、おそらくはたくさんあっただろう。しかしわれわれの時代はかつてとは大きく異なっている。十月革命は、労働そのものとともに、勤労する人間を達しがたいほどの高みに引きあげた。彼はもはや単に植物的な生を生きているのではなく、社会の成員であり、社会のために生きるようになった。それがゆえに、社会全体の福利という名のもとに労働した場所であるところの地表から、彼が単に去るのみ、ということがあってはならないのである。(С. 124)


 そしてデボーリンは、淡々と、もはやこの世におらず歴史からも消されようとしているかつての自身の盟友たちについて語っている。
 私は共産主義者でも十月革命の全面的な支持者でもないが、この箇所には結構感動した。歴史学に携わる人間として、戦慄にも似たような感覚をおぼえた。
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太宰語録

2009/10/06 00:09
 日の高いうちから呑む。一年に一度か二度、そうせざるをえないような状態の時がある。
 で、シューマンを神妙に聞いている。これは良い傾向ではない。いったいに、私はシューマンという作曲家を好まない。うねうねした気分の浮き沈みにつきあわされている間に、こちらまで気がおかしくなってしまいそうになるからだ。しかし、今日はシューマンが受け入れられる。これは、繰り返すが、私にとってはいい兆候ではない。でも仕方がない。そういう日もあるのだ。
 
 酒を飲みながらシューマンを聞きながら何をしているかというと、青空文庫で太宰治を拾い読みしている。
 思うのだが、太宰はやはり、馬鹿にしたものではない。私は10代のころいくつかを流し読みして、こんなものかと思って10年以上無視してきたが、30を過ぎた今になって、こいつはやはりタダモノではなかったのだな、と感じさせられた。
 で、太宰なんて甘ったれた奴は嫌いですよ、と嘯くやつは、気取った青二才なのではあるまいか、とすら思うようになってしまった。まあ、それも極端だろうが。

 特に感心したのが「如是我聞」というエッセイ。自分に寄せられる批評文の馬鹿らしさに腹を立てて書いたものらしいが、実にキビしくてイカス言葉がちりばめられている。

一群の「老大家」というものがある。私は、その者たちの一人とも面接の機会を得たことがない。私は、その者たちの自信の強さにあきれている。彼らの、その確信は、どこから出ているのだろう。所謂、彼らの神は何だろう。私は、やっとこの頃それを知った。
 家庭である。
 家庭のエゴイズムである。

所詮(しょせん)は、家庭生活の安楽だけが、最後の念願だからではあるまいか。女房の意見に圧倒せられていながら、何かしら、女房にみとめてもらいたい気持、ああ、いやらしい、そんな気持が、作品の何処(どこ)かに、たとえば、お便所の臭いのように私を、たよりなくさせるのだ。


 うむ。これを言うのには、妻帯者としては勇気がいっただろう、と考えてしまうのはやはり小人のさもしさか。

はりきって、ものをいうということは無神経の証拠であって、かつまた、人の神経をも全く問題にしていない状態をさしていうのである。
 デリカシィ(こういう言葉は、さすがに照れくさいけれども)そんなものを持っていない人が、どれだけ御自身お気がつかなくても、他人を深く痛み傷つけているかわからないものである。


 わかりますです太宰先生。今なお、我々のアカデミック業界は「はりきって、」ものを言う人々であふれかえっておりますです。

洋行。
 案外、そんなところに、君たちと民衆とのだまし合いが成立しているのではないか。まさか、と言うこと勿(なか)れ。民衆は奇態に、その洋行というものに、おびえるくらい関心を持つ。
外国へ行くのは、おっくうだが、こらえて三年おれば、大学の教授になり、母をよろこばすことが出来るのだと、周囲には祝福せられ、鹿島立ちとか言うものをなさるのが、君たち洋行者の大半ではなかろうか。それが日本の洋行者の伝統なのであるから、碌(ろく)な学者の出ないのも無理はないネ。
[…] 
 私には、不思議でならぬのだが、所謂「洋行」した学者の所謂「洋行の思い出」とでも言ったような文章を拝見するに、いやに、みな、うれしそうなのである。うれしい筈がないと私には確信せられる。日本という国は、昔から外国の民衆の関心の外にあった。(無謀な戦争を起してからは、少し有名になったようだ。それも悪名高し、の方である)私は、かねがね、あの田舎の中学生女学生の団体で東京見物の旅行の姿などに、悲惨を感じている者であるが、もし自分が外国へ行ったら、あの姿そのままのものになるにきまっていると思っている。


 うわあ
 見事に言い当てられています。そう、洋行なんて、実はみじめなものです、しかも、箔をつけるために行っているところがあります、で、みんなそれを隠したがる(私もそうだな)。

[かつて留学を兄に勧められたが女がいるために断ったという話の紹介の後]
しかし、私はいまでは、それらのことを後悔してはいない。洋行するよりは、貧しく愚かな女と苦労することのほうが、人間の事業として、困難でもあり、また、光栄なものであるとさえ思っているからだ。


 うぐ。正しすぎる。

 怒ってる太宰にやられた。まあ皆さん、もしお閑でしたら、だまされたと思って読んでみて。
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タイトル 日 時
加藤周一自選集
加藤周一自選集 ...続きを見る

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2009/10/05 20:25
ツィオルコフスキー
 逃避行動として。ツィオルコフスキーの作品集をぱらぱら。  晩年のツィオルコフスキーってのは、なんだかグダグダだ。「魂は不滅なのじゃ! 輪廻転生するのじゃ!」と延々繰り返し訴えていたり。大丈夫かこのおやじ、ボケてんじゃないのか。でも、少なくともロシアでは偉い人ということになっているので、生誕150年記念の一昨年にはいろいろと本が出たりしたようですね。  まあとはいえ、これは面白いんじゃないか、と思えるような議論もある。空間とは物質なのか、空間と物質は相互に転換可能なのかしらん、とか。生命は宇... ...続きを見る

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2009/07/15 20:01
ゴーゴリとロシア語、その他
 一昨日は久々に人に会いに、人文大学近くまで出かけてまいりました。新たな知り合いを増やすのには失敗したが、旧知の方々と楽しく歓談してまいりました。 ...続きを見る

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2009/06/30 00:49
『徒然草』で一番好きな段
 こちらには『徒然草』を持ってきている。(というか、2年前の滞在時に持参して、帰国する際に人に預けていたのを、先日引き取った。) ...続きを見る

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2009/06/03 17:45
見えてきたかな 三木清
 金曜日だったか、このブログの記事で発表準備にいきづまっていることを書いたが、この週末は苦しかった。並行して某書類の仕上げもやっていたが、まあこちらはやっつけ仕事というか、破れかぶれでこなしはした。ほとんどの時間は、発表準備を内心気に留めつつ何もできないまま悶々とすることによって過ごしていた。ほとんど外にも出ることなく、寝たり飲んだりで、はたから見ればだらけきっているように見えただろうが、いやはやどうして。  昨日(火曜日)、ようやく勇気を奮って再開することができた。構成もおおよその見当はつけ... ...続きを見る

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2009/05/20 07:14
本は読んでも呑まれるな
 日本ってメーデーは祝日じゃないんだっけか。 ...続きを見る

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2009/05/01 16:58
ペルシャ語の響き
 数日前の話だが…  一時的同居人のJが、本屋でオマル・ハイヤームの詩の朗読CDを買ってきたという。それはぜひ聞かせてくれたまえ、ということで、私のパソコンで再生させ、耳を傾ける。言語学者のJは、専門外ながらペルシャ語についても一家言あり―というかイラン人の友人もいるので普通に話せるのだな、やつは、すごい―、彼の蘊蓄にも耳を傾ける。いろいろ勉強させてもらった。  ハイヤームは古今東西の詩人の中で現時点で私が最も共感をもつ人物でもあり(科学史家としても、彼の生涯は興味深い)、露語訳を通じて詩の... ...続きを見る

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2009/02/12 16:21
鈴木邦男『公安警察の手口』
 タイトルにあげた書(ちくま新書、2004年)を読んだ。暑い週末に。  筆者は元右翼団体の幹部。幾度となく公安のガサ入れ、尾行張り込みといった嫌がらせ、そして勾留を経験しているという。  なんでこんな危なげな本に手が伸びたのか、と考えると、どちらかというと私自身が権力側に立って誰かを追い払うというよりも少数派に属した上に追われるようなタイプの人間であるような気がするからかもしれない。今のところ、法に抵触するような悪いことはしていないし、そもそも政治的には怠惰な人間ではある(特定党派にも属して... ...続きを見る

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2008/07/23 21:32
羽入辰郎『学問とは何か』(2008年)をながめた
 先月末にミネルヴァ書房から、マックス・ヴェーバー読解をめぐる羽入―折原論争の一方の当事者、羽入氏による反駁書が出ていた(論争についてはこちらを参照)。今日、大学の生協でひっそりと売られていた(新刊書コーナーには置かれておらず、気づくのが遅れた。はは)のを発見し、500ページ以上はあろうかと思う本の重さに耐えながら、ぱらぱら立ち読みした。  この論争については私も先春、某研究会にて、「専門家の倫理」を考えるというテーマの一貫として取り上げて発表したことがあり(ありがたいことに、それなりの反響が... ...続きを見る

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2008/07/17 23:49
 朝から外は嵐。蟄居して惰性に従い、論文執筆。  いくつか出さなければいけないメールとやるべき手続きがあるのだが、そこからは逃避している。 ...続きを見る

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2008/04/18 17:50
原民喜
 詩人・小説家である原民喜(はら・たみき:1905−1951)の名前を初めて知ったのは遠藤周作の自伝的エッセイによってであったと思う。必ずしも名文家とも言えない遠藤が彼の思い出を実に美しい文章でつづっていたのが印象的であった。このような文章を書かせてしまう詩人とは、いったい何者であろう、という奇妙な興味がわいてきた。  寡黙で不器用だったという彼に接した作家たちは一様に、強烈な印象を彼の文学と人柄から得たらしい。このウェブページに載せられているもろもろの文章からもこれは明らかである。遠藤に限ら... ...続きを見る

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2008/03/17 18:23
近況と、モスクワで買った本・CDについて
 モスクワで寮に住んでからちょうど一ヶ月が経過しました、金山です。生活には慣れてきた、といえば慣れてきたのですが、街を歩いているときには、まだ「観光客っぽさ」が残っているかもしれません。まったく緊張することなく、かといって油断することもなく、きょろきょろすることもなく、かといって注意散漫なのでもなく、余裕を持って町を闊歩できるまでにはまだまだ修行が必要のようです。  今午後9時で、部屋で独り、晩酌を始めています。しかし西日はさんさんと照っています。朝9時に起きて、一日中研究や読書をしたあと、夜... ...続きを見る

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2007/07/17 04:24
渡航二日前 フルトヴェングラー『音と言葉』
 友人らと飲み、弱音を吐きまくっていた週末を過ごした金山です。皆様いかがお過ごしでしょうか。 ...続きを見る

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2007/06/11 21:02
やっぱりバクーニン
 大学図書館に行ってバクーニンを読んできた。  一年前このブログでも書いたことがあるが、やっぱりバクーニンは面白い。19世紀ヨーロッパは数知れない社会思想家を生み出したが、その中で人の心を打つ文才をもった人物として筆頭にあげられるのはバクーニンではないか。その思考の明晰さ、首尾一貫性、そして何よりの、あっけらかんとした楽天性において、この「西欧に対する反逆児」はほかの追随を許さないように思う。マルクス主義者などよりも、数倍共感できるさわやかさを持っている。  危険思想。そう自覚していたからこ... ...続きを見る

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2007/06/06 03:06
近況
 昨日、ようやくモスクワの受け入れ機関からヴィザ発行に必要な招待状が送られてきた。やれやれ。一安心。 ...続きを見る

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2007/05/18 23:34
ヴェーバー読解をめぐる羽入―折原論争、あるいは、現代日本における人文社会系学問の堕落?
 アカデミズム内での動向に関して、最近気になることはいろいろあるが、そのひとつが羽入―折原論争(論争といっても今のところ一方が批判するばかりで、一方が批判に答えていないのだが)である。これは2002年にミネルヴァ書房から出版された羽入辰郎著『マックス・ヴェーバーの犯罪』に対して、ヴェーバー専門家の折原浩氏が、当該書物に見られるヴェーバー読解のずさんさ、不適切さ、著者の学問に対する姿勢にある根本的な不真面目さ、等々を激しく批判する論議を展開し、これにからめて『ヴェーバー学のすすめ』(未来社、200... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2007/04/17 00:01
ビザンツ帝国史、ダ・ヴィンチ
 ここのところ自分の専門以外のことについて十分に読んだり考えたりする時間(というより精神的余裕)がない。専門馬鹿になってしまうのではないか、いや、今は馬鹿であっても専門家になるのが先決問題なのか、など、悩みは尽きない。 ...続きを見る

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2007/04/03 22:31
人間観の転回−廣松渉「マルクス主義と自己疎外論」を読む
 廣松渉の初期の作品「マルクス主義と自己疎外論」(1963年)を読む。難しいが、結構考えさせられる論文だ。  自分なりに勝手にまとめてしまうと、個人を社会を成立させるアトム的な基本単位として捉える、従来のブルジョア社会で一般的だった人間観−自然法の思想やヒューマニズムや一時期はやった自己疎外論も基本的にこのような人間観を基盤にしている−に対して、個人を第一次的に被拘束的なものとして、「社会的諸関係の総体」として捉えたのがマルクスだ、とそういうことなのだろうと思う。  ううむ、ということは近年... ...続きを見る

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2007/03/03 00:59
ハイデガー
 昨晩はオケの練習後、共演者の一人である友人とさしで飲み、話をした。酒の勢いで軽口をいろいろたたいてしまったかもしれない。少し反省。  話題のひとつとしてハイデガーのことが出た。どうもあれは僕の理解の範囲を超えている(もちろんほかの哲学者、たとえばカントやフッサールが理解できているのか心もとないけど)、というようなことを言うと、彼は「まあ『存在と時間』を読み返してみたまえ」と応答する。 ...続きを見る

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2006/12/11 14:34
ドイッチャーを読み返して
 昨日は二日酔いのせいで、昼過ぎまで起き上がれなかった。痛い頭を抱えつつ、久々にドイッチャーの『レーニン伝への序章』(山西栄一訳)を読み返す。マルクス主義者でかつ、正面きっての戦い―スターリニズムに対しても、ナチズムに対しても、もちろんアメリカ帝国主義に対しても―を挑んだ人の信念により、ボディーブローをくらったような気分であった。 ...続きを見る

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2006/11/10 23:09
神田古書街へ
 午前中、歯医者へ行く。割れた歯を消毒・詰め物をしてもらう。以前の治療では麻酔を打たれ一時間ほど食事も何もできなかったので、今回もそうなるかと事前に憂鬱な気分でいたのだが、さほど大げさな治療ではなかった。 ...続きを見る

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2006/10/27 18:33
魯迅を読む
 最近、魯迅の短編をいくつか読んでいる。  正直難しい。何が言いたいのか、よくわからない。    漱石と魯迅を比べて論じている文章を目にしたことがある。なるほど、この両者には、生きた時代や、背景にある漢学の深さ、いきおい込んで西洋の学問(漱石は英文学、魯迅は医学)を学びつつもいずれも脱落したこと、まあ言ってみれば文明開化に対する期待と絶望が入り乱れた物悲しさ、といった、共通するものは多くある。  ともに、平易な文章で書いているようでいて、絶望とユーモアをひそかに織り交ぜたような、本当に言... ...続きを見る

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2006/10/04 22:43
原子力発電の逆襲?
 もう二週間前だが、ロンドン滞在中に買った週刊誌NewScientist誌に気になる記事が載っていたので、それについて書く。 ...続きを見る

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2006/10/01 22:51
最近読んだ本から
・H・カレール=ダンコース『レーニンとは何だったか』(藤原書店、2006年) 意地になって600ページ以上ある本書を読破したが、何とか批判せねば、という気持ちは高まるばかりであった。 この人、昔は堅実な信頼に足る学者として知られていたようなのに、何でまたこれだけ乱暴な本を書くようになったのだろう。とにかく、共産党の出版物を裏返したかような、清算主義的な予断でもってロシア革命史をたたき斬る手法は、まったく、歴史家としていただけない、といわざるを得ない(無論、これをきちんと言うには叙述の一つ一つ... ...続きを見る

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2006/08/23 23:35
無題
 朝起きて、もろもろの雑用を片付け、勉強して、昼飯を食べ、昼寝して、札幌駅近くで行われていたサイエンス・カフェなるものに行き、本屋に行って何冊か文庫本を買い、ラーメン屋で飲み食いして帰った。 ...続きを見る

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2006/08/11 23:40
邦訳してもいいかも
 以前こちらの記事にて一部内容を紹介したGrahamの新刊本、やはり面白い。  モスクワにおける著者のいろんな体験が、ときにはまるでミステリー小説のような緊迫感あふれる描写で、次々と描かれていってます。20ほどの章立てになってますが、ソ連やロシアに興味のある人にとっては、どれも本当に面白いエピソードではないかと思います。  いやあ、学者でこれだけ文才のある人も珍しい(って、私の英語力で言うのもなんですが)。 ...続きを見る

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2006/07/29 18:34
オルテガ『ガリレオをめぐって』をめぐって
 オルテガの上述の書(法政大学出版、1969年)を読み進めている。まだ途中だが、少しばかり感想を書いてみる。 ...続きを見る

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2006/07/20 23:59
マッハの序文
 必要というか興味があって、マッハの著したエネルギー保存則の史的起原に関する本(Geschichte und die Wurzel des Satzes von der Erhaltung der Albeit)(zが抜けていたので追加しました6/12 ドイツ語を知らないのがばれてしまった(汗)指摘してくださったK・M氏に感謝)の第二版(1909年刊行)を読み始めた。英訳でだけど。  序文が何か変な感じだ。  人生の終わり近い歳となった今、我輩の説を受入れてくれるものは少ない(マッハはこのと... ...続きを見る

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2006/06/10 13:19
最近政治ネタを書いていないが
 どうも最近政治ネタを扱っていない。関心がなくなったわけでもないのだが。  これだけ問題の多い世の中、視野の狭い私とて言いたいことは色々あるのだ。ただ、単純で月並みなこと/あるいはいい加減な知識に基づく不正確なことは書きたくないという「インテリ病」のせいか、ブログで取り上げる話題は限られてきてしまう。加えて最近は個人的なこと(論文を書くという自分の仕事は必ずしも個人的な事業とは考えていないが)にかまけているということもある。 ...続きを見る

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2006/06/08 20:50
私は読書家とはいえない、が
 文科系の研究者には、やはりというべきか、読書家が多い。中にはブログ等によって読書記録を公開していらっしゃる方もいて、そうした記録を読むと私はいつも打ちのめされてしまう。毎日新しい本の情報を加える彼/彼女らの読書量、本に対する目配り、はすごい。自分の知人・友人の中にも、ネット上での公開はせずともその途方もない蔵書と読書量を誇ってもよいぞ、と思われる哲学研究者やら歴史家は幾人もいる。 ...続きを見る

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2006/05/26 02:07
仲正昌樹『日本とドイツ―二つの戦後思想』(光文社新書、2005年)
 ちょっと期待はずれだった。  二つの敗戦国の戦争総括などの違いがなぜ生じた/生じている のか、明快に対比されつつ述べられているのだろうかと思ったのだが、次から次へと目まぐるしく出てくる両国における思想史の雑多な事例に右往左往しているうちに、自分がどこに連れられていくのかよくわからなくなってしまう感覚を覚えた。何人もの思想家の考えおよびそれの受容のされ方が、しばしばあまりにも単純化された記述によって出現するため、果たしてそれを全部信じていいのかどうか不安になってしまう。さらに筆者の個人的な見聞... ...続きを見る

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2006/05/20 23:58
面白いぞバクーニン
 先日、バクーニンを読み始めた話をしたが、引き続き読んでみるとめっぽう面白い。エンゲルスより面白い。市民運動家の人たちの文章より面白い(失礼!) 自分の論文を読むよりはるかに面白い。 ...続きを見る

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2006/05/04 18:06
橋爪大三郎の文体
 橋爪大三郎『隣のチャイナ』(夏目書房、2005年)を、渋谷の書店で買ってきて、今、読んでいる。  橋爪大三郎には、誰が見てもすぐさま気づくような、独特の文体が、ある。その文体ゆえに、彼の文章はわかりやすく、すんなりと、頭に入ってくる。 ...続きを見る

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2006/04/29 21:01
バクーニンを読み始める
 大学図書館に行って、はじめてバクーニンに挑戦する(注)。まずはデビュー作といわれる「ドイツにおける反動」から。亡命中のバクーニンがフランス人になりすましてドイツ語で書いたというやつだ  哲学青年だったバクーニンが社会活動家として産声をあげた作品、とか何とか解説には書いてあった。確かに最初三分の二ぐらいは哲学の論文みたいで、やたらに抽象的である。よもや具体的なことが書いてはおるまい、と思ってしまうし、解説にもあるように、そのせいで検閲も逃れえたのかもしれない。  ヘーゲル哲学の用語がやたらに... ...続きを見る

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2006/04/29 20:33
『大審問官スターリン』
亀山郁夫『大審問官スターリン』小学館、2006年  2月に発売されたという同書、ずっと気になっていたが今日ようやく購入しざっと通読した。  この本は著者も断っているように歴史書ではない。研究書とも言いにくく、学術論文での引用言及ははばかれるだろう。もっと言うと、素面で読む本ではないかもしれない(けなしていると受け止めないでいただきたいのだが)  しかし、貴重な本だ。スターリン時代のソ連について、事実関係は今までしだいに明確にされてきたし、今後も色々と明らかにされるだろう。精錬された歴史観も... ...続きを見る

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2006/04/06 23:51
『9条どうでしょう』
 『9条どうでしょう』という本が毎日新聞社から発売されている。  よ、読みたい。扱われている内容も興味あるが、あの小田島隆先生が執筆者として名を連ねているのだ。普段タダでブログを読ませてもらっている分、ここでいっちょ本を買ってもおきたい。  しかしここで問題が。私は小田島隆は大変好きだが、共著者の一人である内田樹の俗物ぶりと下品さが嫌いで、今後一切こいつには金を払うもんか(=こいつの本は買うもんか)と決めているのだ。図書館に入りそうな本でもないしな。うーんどうしよう。  この二人が仲がいい... ...続きを見る

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2006/04/03 15:39
『チャイコフスキー』
 伊藤恵子『チャイコフスキー』(作曲家◎人と作品シリーズ、音楽の友社、2005年)を読んだ。体言止めの多い、ユニークな日本語を書く人で、どうもこの文体、見たことがあるなあと思っていたら、同じ出版社から出ている『革命と音楽ーロシア・ソヴィエト音楽文化史』(2002年)の著者でもあったということで、納得した。この伝記を書くとき著者は枚数の制限から大幅な字数の切りつめを余儀なくされたそうだが(「あとがき」による)なるほどこのタイプの文体の人であればそれも容易だっただろう。  ・・・いかん。嫌味を言う... ...続きを見る

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2006/03/26 20:47
中島秀人『日本の科学/技術はどこへいくのか』
 話題(?)の新刊である同書(岩波書店)を購入、読了した。同感のところもあれば、反感・疑問を感じるところもある。数年前の純真な青年であったころはこうした本を読んでも素朴に受入れてしまったことが多かったのだろうが、数年の間に、尊敬に足る先生や友人と出会って影響を受け、また自身でも幾分か研究と呼べなくもない仕事を行ったりする中で、研究を専門として行うとはどういうことか、実証研究はいかに行われるべきで、どのような意味があるのか、といったことについて考え、少しばかり自分の考えめいたものも出来上がってきた... ...続きを見る

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2006/03/22 23:28
デカルトをぱらぱらと読み返す
 学校に行って自分のロッカーを整理していたらデカルトの選集(河出書房『世界の大思想』シリーズ、1965年)が見つかったので、かばんに放り込んで、電車の中で久々にぱらぱらめくってみた。『方法序説』『精神指導の規則』『哲学原理』『省察』『情念論』が収められている。以下、ど素人の感想。 ...続きを見る

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2006/02/24 03:42
 自分探しなんぞはやめたまえーノルベルト・ボルツに賛成
 ノルベルト・ボルツ『意味に飢える社会』(村上淳一訳、東京大学出版会、1998年)を最近、手持ち無沙汰なときにちらちらと読み返している。基本的に気に入らない。この気鋭のメディア論者の言うことに、自分の脳みそが全くついていけていないのが悔しい。ゴダールの映画に接したときと同様の気分だ。  そうはいっても、全編がちんぷんかんぷんというわけでもなく(そうであれば専門分野の必読文献でもないこの本、とっくに投げ出していただろう)、ところどころよくわかる言葉もある。たとえば次の物言いには深く賛同した ... ...続きを見る

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2006/02/23 03:16
スペイン内戦に寄せて
 スペイン内戦(注)に関する古い概説書(斉藤孝『スペイン戦争』中公文庫、初版は1966年)を読み進めている。きな臭いファシストの靴音、統一の取れない人民戦線、優柔不断な英仏、西欧に見切りをつけ始める小国、ほくそ笑む独伊、焦るソ連、、、こうした背景を考えながら、暗雲たちこめるスペインの戦場に想像力を羽ばたかせようと思いつつも、1930年代のあまりに複雑な国際関係とイデオロギーの旋風に呆然とし、頭を抱えてしまう。  ややこしい時代・・・私が扱う時代はまさにそうである。私に限らず、われわれはいまだに... ...続きを見る

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2006/02/13 23:52
難しい本を読むこと
 人間が精神的成長を遂げるためには、つまりそれまでの思考の枠組みから脱して見えなかったものを見るようになるためにはいろいろな方法があろうが、「難しい本を読むこと」はそうした方法の一つとして挙げられようし、かなり有効かつ重要な行動であろうと思う。このほかにも方法としては、 一.戦争や革命に直面する、 一.近親者との死別もしくは永遠の別れに直面する、 一.破産する、 一.獄中生活を送る、 一.悟りを開く、 一.亡命する、 一.家庭を持つ、 などいろいろ考えられるが、これらはいずれも望ましくないか、現... ...続きを見る

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2006/01/11 18:57
ロシア/ソ連は「あくなき南下政策」をとっていたか?:藤原正彦『祖国とは国語』を読んで
 藤原正彦の『祖国とは国語』(新潮文庫)を購入、帰省中の新幹線の中で読んだ。藤原さん、最近『国家の品格』なる本を出してこちらも売れているようだが、いかにも右翼の好みそうなこのタイトルは避けてこちらの文庫本を買った。私は以前からこのアツい数学者が書くもののファンだった。  本の内容は新聞コラムが中心で、憂国の調子のものが多い。藤原さんは極めて健全な愛国者であって、偏狭で排他的な国粋主義者ではなく、バランスの取れた観点を持った人だ。収められたコラムの主張には激しく同意したくなるものが多い。小学校に... ...続きを見る

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2005/12/31 17:11
哲学の才能
 戸坂潤を読んでいる。唯物論万歳。 ...続きを見る

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2005/12/22 12:10
ヒロマツって?
 廣松渉の小品集を図書館でぱらぱらと読む。10年ぶりぐらい。  当時まったく哲学に興味のなかった私、当然廣松の名前や、どんな人かも知らなかった私がなぜそんな本を手に取ったのかよく覚えていないが、 砂を噛むような受験勉強のほかに何もないうんざりするような日々を送っていた私にとって、あの本は何か、大学で行われる知的生活の涼風を吹き込ませてくれたような気がする。 ...続きを見る

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2005/12/19 22:58
生命の起原
 オパーリンの『生命の起原』岩波書店、1969年(原著は『生命の生成と初期の発展』1966年)を読み終えた。生命の起原に関する話がこんなに面白いとは最近まで知らなかった。生物や化学にたいした知識のない私はこの本を飛ばし飛ばし読んだだけだが、心踊らされるものがある。それは無機物から(有機物、タンパク質、原始生物等々を経て)知的生物にいたるまでの進化の過程を壮大なスケールで描き出すオパーリンの豪胆さに惹かれるからでもあるが、それが生物だけでなく地球そのものの進化とも密接に結びついているからであろう。... ...続きを見る

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2005/12/15 23:31
リスク論が盛んなわけを論じて頭の悪さがばれるリスクを犯してみる
 アンソニー・ギデンズの『近代とはいかなる時代か?』(而立書房、1993年)を購入、少し読む。  少ししか読んでいないし、読み方も偏っているのかもしれないが、近年リスク論が盛んな理由がちょっと分かったような気がした。つまりですな、リスクっていうのはそもそも近代という時代に密にまとわりついてくるような、そういう概念であって、だからこそみんながこれだけうだうだ議論する対象になる、とそういうことですかな  ギデンズの本の読み方としては変かもしれないが私が勝手に感じたことを述べるなら、  近代社会... ...続きを見る

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2005/12/10 14:58
オパーリン、哲学
 ゼミに出て、翻訳の点検(最終点検のつもり)をやって、家に帰って、だらだらし、オパーリン『生命の起源と生化学』(岩波新書、1956年)を読む。  オパーリンはソ連の生化学者で、この新書に収められているのは55年の来日時の講演だ。今となってはこの年にソ連から学者が来日できたこと自体が興味深い歴史的テーマだが、それはともかく、この本に収められている講演のうちのひとつでオパーリン博士、生命の起源に関する自らの研究のことを熱く語っていらっしゃって、興味深い。その学説が当時どのように受け止められていたの... ...続きを見る

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2005/12/08 00:06
ボーム『因果性と偶然性』
 上記の本を今日図書館で借りてきた。ぱらぱらめくっただけだが、なんとなく理解できそうな、楽しく読めそうな予感がしている。  2年ほど前ならとてもそのようには感じられなかっただろう。もちろんここに書かれている物理学上の内容は周知のことなのでかなり分かっただろうが、肝心要のボームの世界観は表面的にしか見えてこなかったに違いない。それが今理解できそうなのは、意外に思われるかもしれないが、ここ一年間ソヴィエトの歴史史料に集中して取り組んだ経験を持ったからである。  変なことを言う、と思われるだろうか... ...続きを見る

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2005/12/02 21:02
『非米同盟』
 もう二週間ほど前になるが、田中宇『非米同盟』(文春新書、2004年)を読んだ。どうもこの本の内容が気になるのでちょっとメモしてみます。ここ最近読んだ本の中で一番の問題作だったように思うので。問題作、というのはほとんどほめ言葉のつもりで言うのだが、つまり大変刺激的な本だった、ということです。 ...続きを見る

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2005/11/26 00:40
大文字の科学革命、そして、二十世紀ロシア科学史
以下、自分の専門に関する独り言です ...続きを見る

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2005/11/23 09:48
書評を書こう
 先日、書評を頼まれた。名誉なことです。がんばります  今日夜は都内某所でオケの練習があったのだが、対象となっている本を行きかえりの電車の中でとりあえず一読した。さて、これを片手にどう書こうか。  本の内容を順繰りに紹介して、おざなりの賛辞を送って、小さなミスを指摘して、、といった感じの書評は世にあふれかえっているが、それだけにはとどめたくない気持ちがある。結構存在意義のある本だし、読み手が、そして著者さえも、この本を土台に発展的に該当テーマを考える際の手助けとなるような、そんな書評にしたい... ...続きを見る

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2005/11/19 22:55
中村静治 『 技術論論争史 』
図書館で 中村静治 『 技術論論争史 』 青木書店 1975年 をぱらぱらと読む。ちょっと最近の興味関心に引っかかるかな、と思ったので ...続きを見る

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2005/11/16 23:40
町田康
町田康ーパンク歌手兼作家ーの文章がめっぽう面白い。何度読んでも面白い。以下、傑作だと思った部分を ...続きを見る

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2005/11/12 23:23

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