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zoom RSS 今日「おおっ」と思った言葉(露西亜関係)

<<   作成日時 : 2006/02/10 01:06   >>

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 大学の図書館で文献を読む間、ふと手に取ったE.H.カーの1930年代の作品『ドストエフスキー』をぱらぱらとめくってみた。その中に以下のような言葉を見つけた

(…)ロシア人は、いかなる原理もいかなる慣習も、その根底を探求するまでは、受入れることはしない。最初の礎石が本物でないと分かれば、ロシア人は乱暴にもその上にある建物全体を容赦なく崩壊させてしまう。ある原理を主張することは、そこから生ずる実際的な結果よりも、ロシア人の精神にとっては遥かに重大なのである(この点は、現在のロシア政体を批評する外国の批評家に一般に見落とされている)。
(E.H.カー『ドストエフスキー』中橋一夫・松村達雄訳、社会思想研究会出版部、1952年、259頁)


 うーん。私も露西亜にかかわって6年ほどたつが、こんなことを考えたことはなかった。あっぱれ。さすが大秀才カーだ。くやしいなあ。
 「原理は実際よりも大事」。 ロシア人を理解する上で今でも重要な言葉かもしれない。あと、われわれ日本人を含め外国人にとってロシア人が時に憧憬・賞賛の的となるのもこのあたりに根を発しているのかもしれない。

 今日もうひとつ、「おおっ」と思ったのはとあるロシア人科学史家の論文を読んでいるときに行き当たった言葉だ。かの有名な科学哲学者ゲッセンあるいはヘッセン(といっても今の科学史家は知らない、もしくは今の科学史家にとって軽蔑の対象でしかない、人かもしれないが。そういう人は以下の文章は読む必要はない)が音頭を取って出版するはずだったニュートンらの古典の翻訳が、かなり構想も進み翻訳も進んでいたらしいにもかかわらず、事情(ゲッセンの逮捕・銃殺)により出版されなかった。そのいきさつを述べた新事実の発見を含む、なかなか面白い論文だったのだが、、
 最後に出てきた、著者が大見得を切って出したのが habent sua fata libelli なるラテン語。これが論文の最後にキメ台詞として出てきたのだ。
 は? と思って引用語辞典を調べてみると(なんせ西欧古典の素養なんて全くない人間ですから)、これは
「書物は自己の運命を持つ」
 という意味だとか
 うーん、言いたいことは分かるが、この場に使う言葉なのか? 書物は自己の運命を持つというのは、「書いちゃった後は読者の判断に任されるんだから、ぐちゃぐちゃ言わないの、ねえ、作者さん」という意味なのかと思う(私はそう理解した)。しかし、ここでは「著者は粛清されちゃったね。かわいそうに。まあでも本もこういう運命を持つのだよ。そんなもんさ」というように聞こえる。大体、こんな運命論的な結論をもたらされたんじゃあ、本の作者(スターリン体制のもとで「人民の敵」といわれ、逮捕され、銃殺された)も浮かばれないだろうに。いいのか、この引用は??
 どういうつもりでこの論文の著者はこの言葉を引用したのだろう、という意味で、これもまた、今日「おおっ」と思った言葉の一つでありました。

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