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zoom RSS 中島秀人『日本の科学/技術はどこへいくのか』

<<   作成日時 : 2006/03/22 23:28   >>

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 話題(?)の新刊である同書(岩波書店)を購入、読了した。同感のところもあれば、反感・疑問を感じるところもある。数年前の純真な青年であったころはこうした本を読んでも素朴に受入れてしまったことが多かったのだろうが、数年の間に、尊敬に足る先生や友人と出会って影響を受け、また自身でも幾分か研究と呼べなくもない仕事を行ったりする中で、研究を専門として行うとはどういうことか、実証研究はいかに行われるべきで、どのような意味があるのか、といったことについて考え、少しばかり自分の考えめいたものも出来上がってきた。そうした推移を経て、この本を批判的に読む目も養われてきたのかもしれない。
 批判的に読んだといっても、反感や疑問の多くはまだ皮膚感覚のような次元に留まっており、充分に言語化できていない。したがって、この本の充分な書評などは今は書けない。今あるもやもやとした生理的な感覚を他者に伝えるべく、今後、この本についても考え続けていきたいと思う。あるいは著者は面識のない人でもないし、今後直接議論する機会もあろう。。

 以下はこの本を読む中で出てきたとりとめもない考えである。上述したように、もとより直接的な批評でもなければ、特定の誰かを念頭においているわけでもない。

 幅広い話題に対して独自の視点を持ち、的確な批判ができるのが知性の人である、とするならば、こうした人間が出来上がるためには一度は一分野の徹底したプロフェッショナルとなることが必要ではないだろうか。あらゆる厳しい批判をくぐりぬけるなかで自らの学説なり言説を少々のことでは揺らがない確固たるものに鍛え上げること。独自の情報源や方法、知識を蓄え、練り上げること。こうした訓練を経て始めて、他分野の他人の仕事に対する批評眼も身につき、何が信用に足るものなのかを見分ける力も養われるのだろうと思う。そうすれば他人の仕事から学べども他人の仕事に簡単には振り回されることはなくなるだろう。
 多分野に手を出している華々しい人間であっても、少なくともどれか一つプロとしての水準に達する仕事をしていなければ、それは単なるディレッタントである。そしてプロとしての実力は、長年にわたって対象に没頭し集中することによってしか得られない。
 教育と研究の場には、このようなプロフェッショナリズムを涵養するためのエトスを持ち込むことが不可欠であり、ひょっとするとそのことは何よりも重要かもしれないが、現実には表面的で外面的な「効力」が優先されるあまりこうしたことは軽視されがちである。

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