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<<   作成日時 : 2008/07/11 00:49   >>

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 昼に起きて、昼食と雑用を済ませた後、午後いっぱい、論文執筆(というか推敲)。
 毎度ながら、論文の一字一句にこだわった推敲は大げさにいえば命を削るような作業で、消耗が激しい。ほかの人は知らないが、私の場合、こんな激しい頭脳労働は、一日に2-3時間が限界である。
 プリントアウトしたものにペンで修正を加えてそれをキーボードに打ち込むのだが、パソコンに向かったあとも、単純作業かと思いきや、例によって書式の統一などで結構工夫を要する。新たに注を付け加えたくなったりもする。

 今回の論文は、4月に執筆してそのあと2か月、ほぼ放置していたものだ。書いていた時点では「駄作上等」とやや投げやり気分だったが、第一稿を仕上げた後の今になってみれば、そんなに悪くはないように思う。テーマからして今一つ多数の読者を獲得できないような気もするが、まあいい(いや、もちろん他人に解りやすくするために最大限の努力はしますけどね)。これは私にとって、どうしても書いておきたかったもので、それだけで完成までもっていく動機としては十分すぎるぐらいである。学問的価値があることは確信できているし。

 自分自身の論文を何とか作ろうと奮闘している後輩が、最近(に限ったわけでもないが)周囲に大勢出てきた。頑張ってほしい、と思う。論文を書いて公刊までもっていく過程は、自分こそがある点にかけては世界のだれよりもよく見ている、という印象を確信にしていくことである。そうした確信は、かけがえのない財産―誰も奪えない、そして生きていく上での原動力にすらなる財産―になりうる。そう考えれば、先の見えない苦しい大学院生生活も、決して捨てたもんじゃない。

 ところで最近、4年前に某所に書いたエッセイ「〈技術〉と〈愛国〉―ソ連人物理学者テルレツキーの場合」をふとしたきっかけで読み返してみた。恐る恐る、という感じだったが、思ったより問題は少ないようだし、日本語も悪くない。こう感じるということは、俺の成長は4年前から止まっているということなのか? というか、感心までするということは、頭脳の老化が既に始まっているのか? ガクガク

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