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zoom RSS 私には博士論文を仕上げるための才能があったのだと思う

<<   作成日時 : 2010/02/21 03:57   >>

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 先月末に博士論文口頭試問を無事クリアし、来月末には博士号(学術)を頂けるであろう身である。しかしなんでまた私ごときがここまでこぎつけられたのだろうか。最近時々そんなことを考える。
 
 ちなみに私は修士号を頂いてから現時点に至るまで7年間かかっている。博士請求論文の量にしても、400字詰めで1150枚という、昨今の基準に照らしてさほど少ないものでもない。さらにおこがましい言い方をさせてもらえれば、論文の内容そのものもさほど単純なものではない。1年以上にわたる外国でのフィールドワークや、5本ほどの投稿論文の内容を反映させたものである。
 博士号ごときでそこまで、と思われる方もひょっとすると世の中にはいらっしゃるであろうが、私の分野(歴史学)では7年というのは、理工系の人々は仰天するかもしれないが、例外的に長年かけた、と言えるほどのものではない。まして私の分野の場合、外国語の習得や留学の準備や外国生活への慣れに必要な時間等もこの期間に含まれている。
 (ただ、私はちょうど端境期に当たっており、年下の世代は4、5年でガンガン博士論文を書きそうな勢いである。これが慶賀するべきことかどうかはよくわからない。私としては、頼むから君たち、私のそれを凌駕する論文を書いてくれるなよ、と祈るばかりである。先輩の立つ瀬がないではないか。ただこれは別の話だ)

 ともかく、私は昨年、博士論文を仕上げた。これがそう誰にもできることでもないのは、たとえば私の研究室での毎年の博士課程進学者と博士論文授与者との数を比べてみるとわかる。修士論文を無事通し、博士課程に入ったとしても、そのうち何人が数年後に首尾よく博士号を授与されるのであろうか。統計を取ってはいないので正確なところはわからないが、まず2、3人に1人、と言ったところではないか。
 というとまるで同分野の院生後輩諸君を脅しているようでもあり、何か自分の出た研究室のシステムを批判しているように聞こえるかもしれないが、とにかく、博士課程というのは、少なくとも私の分野に関して言えば、それ自体がサバイバルの過程でもあるのである。アカデミックポストにつけるかどうかで近年熾烈な競争があることは知られているであろうが、それ以前に、分野によっては、そもそも博士号をとる以前でいずこかに進路変更したり、足踏みしてしまう方々が大勢いるのである。

 誤解しないでいただきたい。私は何も、サバイバルに今こうしてある程度生き残ったことをもって自らの学問的能力を自慢しようとか、ましてまだ博士号を取れていない方々を貶めようとかいうつもりはないのである。もし自分に生き残るに足るまっとうな能力、他の人に自慢できるような能力が備わっていると確信でき、博士号を授与されるに至ったのが当然だ、と思っているのなら、こんなエントリーをリスクを冒して書きはしない。
 博士課程に進学してから一二年間、私は到底自分に論文の執筆など無理であろう、という考えに取りつかれていた。優秀な先輩たちに比べて、自分には、知識も、着想の豊かさも、外国語の正確な読解力も、粘り強く研究を推進する勤勉さも、世渡りにおける器用さも、何もかも欠けているような気がしていた。今となってはこうした能力に関しても少々の自信もつくようになってきたが、(あるいはまだ若いくせにこうした絶望感を抱くのはは傲慢さの裏返しかもしれないとも思うようになってきたが)、それでもいまだに、当時の不安感・絶望感は完全に消え去ったわけではない。
 そんな私がなぜ目標を達成できたのか。おそらくそれは今回のエントリーの表題にあるように、いくばくかの才能が私にあったからだろうと思う。
 一つには運がある。いわゆる、運も実力のうち、というやつだ。たとえば私は数か所から奨学金を受けたが、それらは一年申請が遅かったり速かったりすれば得られたかどうかわからない、という綱渡り的なものであった。あるいは、奨学金の年齢制限に引っかからずに済んだから、ということもあった。これらはとりあえず、いわゆる個人的実力とは別物である。
 もうひとつの才能とは、通常いう何らかのポジティブな才能というよりは、「ほかの道を思いつくことができない」「不器用さ」という性格である。自分をある程度見限る才能、と言ってもよい。
 最近博士課程に入ったのち結局アカデミック以外の道を選んだり、そこまで行かずともさまざまなことに手を出していて学究生活に専念できているのか見ていてハラハラする後輩の姿に接することが多いのだが、多分彼らは、毎日地道に資料を読んで論文を書く以外の仕事が、なまじできてしまうのであろう。それはそれでよい。彼らの器用さを私などは部分的には羨むこともあるし、研究以外に自らの天職が見つかるのであればそれもまた良い。私は何も、博士論文が書けずアカデミック・キャリアを築けない人間を一概に落伍者扱いにするつもりはないのである。
 ただ、もし学究生活を継続的に行って何らかのオリジナルな成果をまとめることが博士課程の上がりであるとするならば、その上がりにたどり着くまでにはある種の鈍感さもひょっとすると必要なのではないか、という気がするのである。頭の悪さ、と言ってもいいかもしれない。
 上述したように、私は博士課程進学時に、劣等感の塊であった。しかし、だからと言って自分にほかに何ができるというのかという問いは、意識されることこそ少なかったにせよ、常に自分に向けられていたと思う。企業やら官庁に勤めて多種多様な言いつけを遂行したり、四六時中他人の訴えを聞いたり、ご機嫌をとったり、ひたすら単純作業に徹したり、することが自分にできるのだろうか、いやできない、と断じてしまったのである。
 今から思えばこの点で私は短絡的だったのかもしれない、誰かが言ったように、人はやりたいこととできることが一致しているとは限らない。今後だって、自分では思いもよらぬ自分の能力が発見されるかもしれず、上述したたぐいの業務だって私もまんざらできないとも限らず、そのことは人生の楽しみとして取っておいて悪いことではない、とは思う。
 ただ、博士課程在学中に研究以外の分野における自らの才能を発見して動揺してしまった人物は、博士論文完成という目的に照らすならば悪い結果を招いてしまう可能性が高くなる、ということが言えるかもしれない―もちろんどんなことにも例外はある。天は二物も三物も与えることもあろう。だがそれはあくまで例外である。

 運命の皮肉、ということを感じずにはおれない。アカデミック・キャリアの初期においては、世間では少なくとも否定的に見られたりすることのない社交能力や各種器用さや功名心やらが、非常に足を引っ張ることになりかねないのだ。偏執狂と言えるほど、あえて周りを見ないでおく、論文を書くことに自らの全神経を集中させる、という時期が、少なくとも一時期はないと、学者になるスタートラインにすらつくことができないのだろう。逆に言うと、世間一般と折り合う能力を持たない人でも、この分野なら最初の成功は―キャリアの入口に立った以降は世間同様の複雑さとの折り合いが必要そうだが―収めることができるかもしれない。
 そんなことだから学者は常識がない、世間外れだ、と言うのだろうか。だが私には、世間外れの人間を収容してそうした人にある程度の尊厳を与える場所でもなければ、この世はますます地獄に近づくばかりだ、とも思えるのである。これは、アカデミックな世界に対する近年の大衆社会の逆襲に対するささやかな抵抗の一つとしても言っている。

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