科学史、音楽、露西亜、そして、、、

アクセスカウンタ

zoom RSS 博士課程を振り返るその一

<<   作成日時 : 2010/05/20 05:03   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 3月、めでたくも博士号なるものを頂いた。もらってしまえばどうということのない、ものではあるが、ともかく一つの区切りであり、それなりに自らやってきたことが承認された証ではある。
 ひとつこのブログで、7年間にも及ぶ自身の博士課程生活を振り返ってみようと思う。(正確にいえば博士課程の学生でいたのは最初の4年間にすぎないが、まあ、博士号取得した今年初めまでは、私はこの生活・精神状態のもとにいたとみて差し支えなかろうし、その意味では、今まで7年間を丸ごと見直すのが理にかなっている。)

 こんなことをやる動機としては、一つには、一応ここで総括しておかないと今の研究生活、先に進めないのではないか、指針が得られないのではないか、という自分自身の問題がある。数年間大学院生としての生活を送り、そしてその集大成として博士論文を仕上げた、というのは、もちろんそれ自体としては誇ったっていいようなことであるが、逆にその中途半端な成果にいつまでも足を取られてていいようなものでもない。「俺はこれをやったのだ」というような変なプライドを捨て、今までの成果に甘んじないため、ここで堂々と、自分のやってきたことがどれほどのものか、その不手際を含めて見直してみるということも意味があるのかもしれない。
 また、逆に、俺はこれだけやってきた、ということを確認し自信をつけるという目標に照らしても、事細かな自分史の見直しは役に立たないとも限らない。
 まあ、そういった身勝手な目論見がある。

 もうひとつ、いくぶん読者の立場に立った理由としては、人文社会系の駆け出しの研究者がいかなる心情でいかなる精神的・物質的状況のもとに論文を仕上げていったのか、ということが、現状では個々人の先輩から後輩への口頭での伝授のほかには意外にも明らかにされていないような気がする、というのがある。ふりかえってみるに私自身、これから述べるつもりだが、研究生活の初期において身近なロール・モデル―これには英雄という意味と同時に、反面教師という意味も含まれる―の不足に悩んだものであった。
 私自身の大学院生活は、現代日本の人文社会系の大学院生の典型的なそれに近いものなのか、よくわからないところがあるが、それでも、これだけもがいたうえでどうにかこうにか論文を書いて発表してきた人間がここにいる、という事実は、名も状況も知らない後輩誰かしらに伝えて悪いことではない、ひょっとすると助けになることもあるのではないか、とも思う。この憶測が間違っていなければよいのだが。
 今も昔も、人文社会系の大学院生が置かれている苦しい立場、精神状態は基本的に変わりないだろうが、とりわけ、現代のように世間一般の世知辛い動きを大学院生も否が応でも意識せざるを得ない状況においては、その苦しさはひとしおであろう。そんな中、自分の専門一本槍で基本的にやってきた私の不器用な事例が、多少のロール・モデル(繰り返すが、英雄として、というのに限らず、反面教師としても)になってくれれば、と思う。

 気張った序文を書いただけでなんだか疲れてしまった(笑) 続きは次回以降のエントリーで。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
博士課程を振り返るその一 科学史、音楽、露西亜、そして、、、/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる